第19話

吉村さんと三木さんも近づいてくる。結衣さんはお先、と言って更衣室へ向かう。


「お疲れ様でした」


俺は二人に頭を下げる。


「お疲れ。サラダと今日うちで作ったやつなら、なんでも持っていっていいんだよ」


吉村さんと三木さんは既にいくつか、中央のくぼんだショーケースの中を見繕っていた。


寿司が並んでいるところと、揚げ物が並んでいるところ、サラダ置き場、ウィンナーやいくつかのチーズがある。


「え、いいんですか」


近寄ってみると売れ残りが結構ある。


俺は店長を見た。店長は気づいたのか、言った。


「いいよ。今日作ったやつは全部廃棄品になっちゃうからね。寿司と親子丼以外は一日くらい持つけど、売れ残ったものは翌日出さないという上の方針なんだ。ウィンナーとチーズは明日も売るからダメだけど。廃棄品を従業員が持って帰っていいっていうのは社長の信念なの」


「信念、ですか」


「そう。ゼックは社長一代で築いてきた会社なんだけど景気の良かった時代にも、生活に困って食費を浮かせていた人がたくさんいたんだとさ。それで従業員に腹いっぱい食ってほしいからって持ち帰りOKになっているんだ。今の時代に表立って言えないけどね」


「そうなんですね」

「コンビニや大手スーパーなんかも中毒が懸念されて今どんどん厳しくなっているみたいだけどね。でも食品ロスって言葉もあるだろ? 人間の利益のために生物の命を取り、食べたい人がいて食べられるのになぜ捨てる、捨てるくらいなら欲しい従業員に食わせるっていうのが社長の信念。だから好きなのいくつでも持って帰っていいよ」

「ありがとうございます」


夢のようだ。これで夕飯も栄養のあるものが食べられる。


「お寿司残っているよ。特上。野本君、持って帰りなよ」


吉村さんが言う。見ると特上というシールの貼られた握り寿司があった。色もいい。


「お寿司もいいんですか」

「最近はその辺も厳しくなってきているみたいだけどねえ。捨てるのも申し訳ないわよね。夏場は持ち帰りできなくなるから今のうちに」


三木さんも笑顔で言う。お寿司を食べるのも、小学生以来だ。


「じゃああの、母にも持って帰りたいので二ついいですか」

「いいよ。他もたくさん持っていって。ああ、でも絶対賞味期限内に食べてね。野本君痩せているし心配になるよ」


店長が言った。はは、と誤魔化し笑う。


そういえば緊張しっぱなしで、明日の朝ご飯のことをなにも考えていなかった。特上寿司にハムカツと、レジをしているときに美味しそうだと思った春雨サラダ、春菊のサラダを頂くことにする。


でも、袋がない。


「袋、買ってもいいですか」

「いいよ」


休憩所に行き財布を持ってフロアに戻り店長に五円を渡した。


袋を貰うと、詰める。


この詰める作業も結構難しい。寿司を下手な位置に置くと、角度がついてパックが斜めになってしまうのだ。なるべく綺麗に入れるようにして休憩所に入る。


女性陣は今いない。


なんか、店が閉まったあとの駅ビルにいるって変な感じだ。


「うぃっす。お疲れ様です」


前田さんがやって来る。あああ、誰もいないうちに着替えようと思っていたのに。


「お疲れ様です」

「野本君、若いねー。何歳?」

「十五です」

「十五か、懐かしいなぁ。俺は十五の時は遊びほうけていたよ。バイトなんて偉いね」

「前田さんはいくつなのですか」

「俺? 二十八」

「前田さんも若いじゃないですか」

「高校生には及ばないよ」


前田さんは豪快に笑ってボトムスを脱ぎ始める。仕方がない、俺も着替えよう。


男同士、準裸の付き合いだと思うことにする。帽子を取り、シャツを脱ぐと急いで制服に着替える。そしてボトムスもすすっと前田さんの後ろに行き、履き替えた。準裸の付き合いは、やっぱりまだ恥ずかしい。


店内にいたときもそうだったけれど、休憩所にも食べ物の――油の匂いが充満している。食品を扱う場所だし、仕方がないか。でも、結構体にも臭いが付着してしまっている。


しばらくすると女性陣がやって来て、「お先に失礼します」と言って帰って行く。


そうか。こういう働き先での挨拶はおはようございますと、お先に失礼します。だっけ。覚えていかなくちゃ。


「野本君、帰りは裏口から出て。まだ入館証作ってないから、警備員には店名と名前を言えば帰してもらえるようにしてある。写真あるなら一枚貰える? なかったら次でもいいけど」


確か、鞄に入っていたはずだ。俺は鞄から証明写真を取り出しハサミを借りて切り取ると店長に渡した。


「ありがとう。日曜も入るときは店名と名前伝えて。あと電車賃、次教えてね」

「はい。それで・・・・・・」


裏口ってどこだ? 困っていると前田さんが簡単な地図を書いて教えてくれた。


「じゃ、俺もお先に失礼します」

「お疲れ。今日は助かったよ。また日曜よろしく」

「はい」


助かったと言われて少し嬉しかった。疲れはあるものの、従業員専用出入り口から出てプラットホームまで降り、夜風に当たるととても気持ちがいい。気づかないまま、結構汗をかいていたみたいだ。


電車に乗る。今日は疲れたから乗ったけど、電車賃はもったいないから歩いて帰るのもいいかもしれないな。


家の近くまで来たが、窓から明かりが見えない。


母さん、まだ帰っていないのか? 

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