第17話

「もう押していいよ」


休憩所の出入り口に、タイムカードの機械があるので差し込む。すると、ちゃんと時間が記録されて出てきた。壁に、カードを入れる透明なラックがあったので、空いているところに入れておく。


客は既に何人かいる。店のフロアの中心部に、窪んだショーケースが三つあり、色のついた容器トレイに入った惣菜や寿司など様々な品物が集まっている。


レジは二台あった。実際に立ってみると緊張する。もう一つのレジは、カゴがひっくり返って置かれたままだ。


「うち、七時からタイムセールが始まるから忙しくなる。セール中はフードパック、小が四つで三百九十八円、中が三つで四百九十八円、大が三つで七百九十八円ね」


メモ帳は持っていない。覚えろ。すぐに。何度も反芻して頭に叩き込む。


早速客がカゴを持ってやって来た。


「じゃあ、レジ打ちやってみようか。ちょっと型が古いから面倒なんだけど。バーコードリーダーに商品をかざして。ああ、税込み価格だから、うち」

「はい」


焼き鳥の入っているフードパックをバーコードリーダーに当てる。ピッと音がした。


それから春菊のサラダと春雨のサラダ。すぐにバーコードを見つけて当てる。


「お会計、八百九十円になります」


お客の女性は千円を渡した。1000、という数字をレジで押すように言われるのでそのとおりにした。


レジが自動で開き、中には単位ごとに綺麗に別れたお金が出てくる。お釣りを返すと、女性はマイバッグに詰めて、去っていった。


「ありがとうございました」


お辞儀をする。


「そうそう、そんな感じ。なにか言われたら『かしこまりました』ね。レジ袋がいるお客様や、袋詰めを頼まれたら、詰めてあげて。あと丼や弁当や寿司にはお箸がいるかどうか聞いて、必要な数渡して。レジ袋は小が三円、大が五円ね。手打ちしてくれる?」

「はい」

「それから今のお客さんは出さなかったけど駅ビルのポイントカードがあるから」


相模店長は小さな機械を二つ見せる。


「ポイントカードもクレジットカードもこの白い機械に通して、クレジットカードは暗証番号を入力して貰って。キャッシュレスはレジ前に取り付けてあるこの、白に蛍光色のついた機械ね。あとは商品券かな。お釣りが出るのと出ないのがあって、そこの壁に貼ってあるけど・・・・・・」


覚えろ。覚えろ。レジの横を見ると、商品券の見本があった。釣りがでるもの、出ないもの、で貼ってある。俺に対応しきれるだろうか。ますます緊張してきた。


再び客がやって来る。カゴの中にはカツ丼がひとつあった。バーコードリーダーにかざすと会計がレジに表示される。


「三百九十八円になります。お箸は必要ですか」

「下さい」

「何膳必要ですか」


するとお客様は笑った。


「ひとつしか買っていないのだから一膳に決まっているでしょ」

「これは申し訳ございませんでした」 


ポイントカードを渡されたので白い機械にカードを通す。お釣りにレシート、お箸、

ポイントカードを返す。すると満足そうにお客は袋に入れ去っていく。


「ありがとうございました」


もう一人、男性客が同じくカツ丼をひとつ持ってくる。


「三百九十八円になります。お箸は何膳必要ですか」

「二膳」

「・・・・・・かしこまりました」


色々な価値観なり事情があるのだ。勝手に一膳出さなくてよかった。

五百円貰いレジを打ち、お釣りを渡すと、男性は店から出て行く。


「うん、そんな感じで宜しく。あと笑顔を忘れずにね。七時からすごく混むから覚悟しておいて。それまではゆっくりやってくれていていいから」

「はい」

「じゃあ、俺はフライヤーのほう見てくる。寿司作りは四時半に終わるけど、揚げ物はまだ作るからね。なにかあったら呼んで」

「わかりました」


店長が去っていくと、ものすごい心細さを感じる。


何人かのお客の対応をして、現金払いには少しだけ慣れた。しばらくしてお客が列を作り始めた。


打ち間違いがないように、慎重にレジを打つ。すると遅くなる。ますます列が長くなる。それになにか、視線を感じる。店で何人かの人が、じっとなにを買うわけでもなく見つめているのだ。なんだろう。変な視線を感じながら、機械的に作業をこなしていく。


ポイントカード、現金、お釣り、箸、レシート。ポイントカード、キャッシュレス、箸、レシート。ポイントカード・・・・・・


八十代くらいの女性が来た。


会計を伝えると、リュックからのろのろと財布を取り出す。


あああ、財布くらい事前に出しておいてくれ。そう思うが、笑顔を絶やさずにいる。


女性はもたもたと財布から小銭を取り出す。そうしているうちにも列が増えていく。


「早くしろ!」


遠くの列から怒声が聞こえてきた。


「申し訳ございません」


慌てて謝る。


それを聞いたのか、結衣さんが厨房から出てきてもう一つのレジを開けた。


「次のかた、こちらにお並び下さい」


列の半分が、隣のレジに行った。かなり助かる。


「ああ、あのね、お箸。お箸くれる」


女性はゆっくりとした口調で言う。


「何膳必要ですか」

「二膳」

「かしこまりました」


のろのろとマイバッグを出すのですかさず言った。


「お詰めします」

「まあ、ありがとう」


寿司に、丼もの、サラダ、トンカツ。これ、寿司と丼もので温かいものと混ざる。どうすればいいのか。


「こちら、温かいものと冷蔵食品で混ざってしまいますが・・・・・・」

「あら、そう? どうすればいいかしら」

「有料ですがレジ袋で分けることならできます」


女性はしばらく考えている。


「いいわ。そのままで」


言われた以上はどうにもできない。寿司とサラダを先に入れて、あと丼とトンカツを入れる。


箸を二膳袋の中に入れ、ポイントカード、お釣り、レシートを渡す。すると女性はありがとうと言って去っていった。


あとは列を事務的に捌いていく。すると今度は商品券が来た。うわ、どうしよう。でもレジを打つ前に取り出してくれただけありがたい。


レジ横の見本を探す。お釣りが出ないものだったので訊ねる。


「こちらお釣りが出ませんがよろしいですか」

「え、そうなの? いくらくらい余る?」


カゴの中は一杯だ。わかりません、とはいえない。


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