第16話

「野本陸君。桐島高等学校一年生」

 

駅ビルの地下へ行って、案内図を確認して「ゼック」に辿り着くと、そこで働いていた人の一人に声をかけ店長を呼んで頂いた。小さな休憩室のようなところで、絶賛面接中である。


相模さんは大柄な人で、敬語は使わないけれど優しそうな雰囲気だ。


「それで、出られる曜日はいつ」


相模さんはじっと履歴書を見ている。


緊張して背中が痛くなるほど背筋を伸ばしたままだ。


「火曜と金曜、あと日曜です」

「日曜は何時から出られるかな」

「いつでも」

「じゃあ、八時五時でいい?」

「構いません」

「はい、採用」

「え」


少し拍子抜けした。


「ん?」

「もう、採用ですか」


弊社で働こうと思った動機は? そんなことを聞かれると思って一生懸命考えてきたのに。履歴書の動機欄にも、食に興味があり、御社で色々なことを学んでみたいと思ったとかなんとか、建前を色々書いている。


「実を言うとね、大学生のアルバイトを結構な人数雇っていたんだけど、この春みんな就活や卒業で突然辞めてしまって、今超絶人手不足なんだ。残っているのは魚を切る板前さんと、社員がもう一人、大学二年生のバイト二人と、あとはパートの女性が三人。君、真面目そうだし採用。今日から働いてもらえると助かるんだけど……」



今日は面接だけだと思っていたから心の準備ができていなかった。でも、働かせてくれるならありがたい。


「はい、働けます」


雇っている人数は聞くだけなら結構いるように思えるけど、考えてみれば駅ビルなんてほぼ年中無休のようなものだ。週七で朝から閉店までの仕事で、俺を除き八人というのは厳しいのかもしれない。


「なら助かる」


天井は時計を見た。四時四十分。


「今日は五時から九時まで働いて貰えるかな」

「はい」

「それじゃ、制服を用意するよ。サイズはM? L?」


店長は休憩所の奥でごそごそと、クリーニングの袋に入った制服を取り出す。


「一応Lです」


痩せているけど、身長はなぜか百七十三ある。もう少し伸びるだろうか。


「じゃ、これ。男性の更衣室は、ここ」


綺麗な制服を渡された。更衣室は、休憩所? 


「ここ、ですか」

「そう。従業員の更衣室、実はないんだよ。女性は休憩室を出たこの先の奥にカーテンを敷いて更衣室にしてもらっているけど・・・・・・」


休憩室の奥に、廊下が見える。その奥で女性は着替えるのだろう。


それで俺は仕切りもなく着替えるのか。少し恥ずかしいぞ。


「じゃあ、今誰もいないし、着て」


いやいや、相模店長がいるじゃん。そう思ったが、店長の笑顔には圧があった。


恥じらっていると、肩を叩かれる。


「慣れだよ、慣れ」


仕方なく着ることにした。休憩所には、ハンガーかけも置いてある。


ゼックの制服は、茶色い半袖のシャツに黒いボトムス。腰に黒く足元までのエプロンを巻く。あとはベレー帽のような黒い帽子。素材は多分、綿だろう。テーブルにピン止めが置いてあったので借りて留める。 


「じゃあ、みんなに挨拶して回ろうか」

「はい」


店を把握する。休憩所の通路に揚げ物を揚げる機械がふたつある。他にも鍋。通路から出た右側には、揚物や焼き鳥が並んだ大きなショーケース。そこに女性が二人、


「コロッケに、焼き鳥、ハムカツはいかがですか」と声をかけながら立っていた。

「あ、吉村さん、三木さん」


店長に呼ばれて、二人はこちらを向く。二人とも三十代くらいだろうか。


「この子、今日から働いて貰うことになったから」

「あら、若い。よろしくね、吉村です」


吉村さんは髪をひとつに束ねている。三木さんはショートカットだ。


「宜しくお願いします」


吉村さん、三木さんに向かい、二度お辞儀した。それからレジの正面に、別の厨房があった。店長が厨房のドアを開く。


消毒の匂いがした。中には二人の男性と一人の女性が掃除をしている。


どうやらここでは、主に寿司を作っているらしい。一人一人挨拶をする。ゼックはどこのチェーン店でも一人、板前さんを雇っているらしい。


板前は佐倉さんと言って、五十代くらいの男性だった。言っては失礼かもしれないけど、少し太めだ。そしてもう一人の男性が、社員の前田さんという。二十代後半くらいだ。


女性は前田さんの奥さんで、結衣と名乗った。人手が足りないからパートとして手伝いに来ているのだとか。ひととおり挨拶をして、休憩所に戻る。五時まで八分くらい前。そうだ。


「すみません店長、母に連絡していいですか。遅くなるようなら連絡をくれと言われているので」

「いいよ」


慌てて荷物置きのカゴから荷物を取り出し、携帯で母さんに今日から働くから遅くなるとメールを打つ。そしてすぐに携帯をしまう。


「じゃあ、君には早速レジを覚えて貰おうかな。すまない、バイト初日でレジを任せていいのかとも思うが、人が足りないんだ。野本君は真面目そうだから大丈夫と判断した。まずタイムカードに名前書いて」


厚紙のタイムカードを渡されたのでボールペンで名前を書く。二分前。


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