第15話

スーパーに寄る。


今日の夕飯は、蓮のレシピどおりの肉にしよう。でも、牛肉は流石に高い。一パック千円以上もする。


よく見ると、小さいパックで五百円くらいの牛肉切り落としが二十パーセント引きであった。それをカゴに入れる。あとは野菜と焼き肉のたれを買う。


それから明日の朝。ジャガイモと豆腐が安い。ベーコンも今日は特売になっている。


これで明日の朝までの料理が作れる。


帰ってお米を炊き、野菜を全て包丁で細く切って洗う。鍋に油を敷いて、肉と野菜を炒め、煙が上がってきた頃に焼き肉のたれを半分かける。じゅううっと音がして、甘く、いい香りがしてきた。本当に簡単だ。


風呂を洗い、洗濯機を回し宿題と予習をこなす。そうして母さんが帰ってくるのを待ったが、遅い。


先に食べることにした。焼き肉のたれをつけた野菜炒め。彩りは少し悪いけれど、甘みがきいていて食べやすい。野菜も肉も入っているから栄養もとれるし、白米とも合う。ご飯が進む。牛肉もかなり久しぶりに食べるが、もうとろけそうだ。


「うまーっ」


やるじゃん俺。いや、ほとんど蓮のおかげだけど。じゃあ、明日の夜はなにを作ろうか。レシピ本でも読んでおいたほうがいいだろうか。食事を終えて片付けをすると、

洗濯物を干す。一時間ほど外に晒して、中に入れる。



レシピ本もわからない調味料の名前はまだあるけれど、スーパーでよく見たおかげでなんとか理解できるようになってきた。ただ、作れるかと言われると話は別だ。


午後十一時過ぎに母さんが帰ってきた。遅い。


「倒れたばかりなのにそんなに仕事して大丈夫?」

「倒れたから、仕事が溜まっちゃって」

「ご飯、作ってあるから」


母さんはフライパンの蓋を開ける。美味しそう、といって温めだした。


会社はどうやら母さんをクビにするどころか、見えない鎖で拘束していたらしい。食事を改善したところで、このままではまた倒れるのではないかと不安になる。二日休んだにもかかわらず、もう既に疲れ切った顔をしている。



「あ、そうだ母さん。俺、バイトの面接受けることにしたから」

「バイト? どんな」

「惣菜店。少し働きたい。友達がすすめてくれたんだ。履歴書の保護者欄にサインとはんこ押して欲しいんだけど」

「わかったわ、持って来なさい」


バイトをするようになったら、夜ご飯はどうしようか。バイト後になんとか作れるだろうか。そんなことを思いながら部屋に行き、鞄を持ってくると履歴書とボールペンを渡した。母さんは、すらすらと綺麗な文字で自分の名前を書く。


そしてはんこを押した。もう一枚、同意書を書いて渡す。


「面接はいつなの」

「明日」

「帰りが遅くなるようならメールして」

「わかった」


帰りが遅いのは、母さんなんだけどな。明日は早く帰ってこられるのだろうか。


母さんはご飯を全て食べてくれた。そうして、風呂に入ると髪を乾かして眠ってしまった。電気代節約。俺も履歴書を完成させると、布団に入った。



 朝は三十分早く起きて蓮のレシピに書かれていたものを作る。まずは食パンが残っていたので焼く。その間にジャガイモの皮を剥いて輪切りにし、更に一口サイズに切る。芽をとるときに軽く失敗して人差し指に少し血が滲んだ。慌ててバンドエイドを貼る。それから、切ったベーコンと一緒に油で炒めて、この前買ったミックスチーズを入れる。チーズは万能だ。なんでも作れてしまう。溶けたチーズをジャガイモとベーコンに絡めればできあがり。あとはわかめと豆腐の味噌汁を作る。

 母さんが着替えと化粧を済ませてやって来た。

「あ、そうか。朝晩作ってくれるのだったわね」

「うん。もうできたよ」

 黄色い五角形の器に、ジャガイモとベーコンを炒めたものを乗せ、丸い皿にトーストを置いてバターを出す。味噌汁もお椀に入れて、母の前に出した。

「陸、すごいじゃない」

「友達が教えてくれたんだ。意外と簡単だったよ」

「すごいわね、その友達。ごめん、母さん本当に不器用で」

 いつだったか無理に腕を振るおうとして、血だらけになったのを覚えている。父さんの誕生日だっただろうか。両手十本中八本の指が絆創膏だらけになったことを思い出して、思わず笑ってしまった。母さんは右利きだ。なんで右手で包丁を持つのに右の指を怪我したのだろう。

「なに、なにか思い出した?」

「うん、母さん八本の指を血まみれにして飯作ったことあったなって」

「あれで鉄分とれたかもよ」

 笑えない冗談だ。

「朝食ありがとう。今日はバイトの面接だったわね」

「うん」

「頑張ってね」

 言うと母さんは会社へ出かけてしまった。

 今日は、どうか母さんが無理をすることなく早く帰ってこられますように。

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