第10話
調理室にはなんでも揃っている。まずはみんなで一合ずつ持って来たお米をあわせてといで、炊飯器のスイッチを入れる。
キャベツを洗って切ろうとすると、潮崎さんが「わあ」と言った。
「どうしたの」
「その切り方だと指切っちゃう。猫の手で切ってみて。こう」
潮崎さんが左手の野菜の押さえ方を教えてくれる。俺はお礼を言って真似る。
だがキャベツは細く切れずにかなりの太さになる。
「あーあ」
キャベツは濡れた包丁にもべったりとついている。河西君が笑った。
「レタスにしておけば楽だったのに」
「レタスは高くて・・・・・・」
スーパーでレタスも見た。けれどキャベツのように四分の一カットみたいなものはなく、値段も三倍くらいはした。
「キャベツの千切りは慣れだよ、慣れ。毎日やっていると上手くなるよ」
潮崎さんは料理が作れるようだ。俺の知らない葉っぱを洗っている。
「それ何? 変わっているね」
緑色の、つやつやした葉っぱ。そこら辺に生えていそうでもある。
「ああ、これはベビーリーフ」
「ベビー?」
「若い葉っぱのこと。サラダにしても美味しいけど、いろんな調理に使えるよ」
「ありがとう。覚えておくよ」
「トマトは最後に切ろう」
「うん」
とりあえず切った野菜をそれぞれザルに入れて水を切る。他のみんなも終わるのを待ってから、蓮が言った。
「んじゃ、ムニエルに取りかかるぞ―」
「はーい」
キャベツを切っただけなのに集中力が必要だったせいか結構疲れる。
メインはこれからなのに。
「鮭を水でさっと洗って、水気を拭いて」
みんな冷蔵庫から鮭を取り出すと、水で洗い始めた。それから調理室に備え付けられていたペーパータオルで拭く。蓮はみんなの様子を見ながら指示を出していく。両面塩こしょうで味付けをして数分置く。それから鮭に小麦粉をまぶす。
フライパンに油を熱して、バターを溶かす。バターの焼ける香ばしい香りがあちこちから漂ってくる。ざわざわと楽しそうな声が調理室に響いている。
「なんだか溶けるバターを見るだけでも美味しそうに感じるよ」
「だな。上手くできそうだ」
河西君が相槌を打つ。
遂にフライパンに鮭を敷くときがやってきた。火加減が大事だという。中火で焼いて、こんがり色がついてきたらひっくり返す。中学でこんなことやったかなぁ。
多分、俺は皿洗いかなにかしていて、料理そのものは他の子が作ったのだと思う。
ムニエルはいい色をつけて完成した。焦げ目が美味しそうだ。
「思ったより簡単だ」
思わず呟いていた。河西君も頷く。
「そうだな。俺もびっくりした」
ご飯の炊ける、甘くいい香りがしてくる。調理室には基本的に白い皿しかなかった。
下手くそに切られたキャベツを盛り付け、完成したムニエルも乗せる。それでもなかなかサマになっている。
「じゃ、トマト切ろっか」
潮崎さんが真っ赤なトマトを丸々一個取り出した。
「河西君も食べる?」
「おう、食えるものならなんでも頂くとしよう」
「練習。くし切りにしてみて」
俺と河西君は顔を見合わせた。
「えっと、まずはへたを取ろう」
俺は言って、へたを取る。
「半分に切ればいいんだよな」
河西君が、半分に切った。
「俺も包丁、貸して。これを更に半分に切って・・・・・・」
切るとトマトからなにか汁が漏れて、制服についた。
「うわあ、失敗」
実演を見て頭に叩き込んでいても、自分でやるとなるとやはり上手くいかない。
「ふふ。貸して。見ていてね」
潮崎さんは包丁を持つと、四等分になったトマトを更に綺麗な形で切っていく。
「あまり力を入れないで、包丁の先を使うようにするの」
本当に余分な力が入っていない。
「勉強になります」
河西君が頭を下げた。
「潮崎さんは毎日料理を作っているの?」
「毎日ではないけどたまにね。夜にサラダたっぷり作って朝に使うと、効率がいいよ」
「豆知識、ありがたいよ」
「たいしたことないよう。はい、じゃあ、これ器に盛って」
俺はキャベツの隣にくし切りにされたトマトを置く。潮崎さんはトマトを更に細かく一口サイズに切ってベビーリーフと混ぜ合わせていた。粉チーズなんかもかけている。
河西君はレタスにトマト。トマトがあるだけで、見栄えがよくなる。
ピピーッとそれぞれの炊飯器が音を立てて炊けたことを教えてくれる。
「それじゃそろそろ、ご飯よそってー」
調理室にあった白い茶碗を持ち、白米をよそう。調理室中に漂う匂いで既にお腹が空いていた。調理台は三台ずつに分かれ、真ん中に白く細長い机が並んでいる。みんな、茶碗と皿を持って、そちらへと移動した。
席について静かになると、蓮が言った。
「じゃ、食べようか。頂きます」
「頂きます」
声が響いた。それからまたざわめきが起こる。
ムニエルはこんがりと焼けていて、表面はパリッとしている。ほのかにバターの味もする。生まれて初めて作ったまともな料理が、こんなに美味しいとは思わなかった。
ご飯と一緒に食べるとなお美味しい。
「サラダ、かけるものがない人は、ドレッシング用意しているぞー」
蓮がいくつかのドレッシングを並べている。
「あ、河西君も、野本君も行ってきたほうがいいんじゃない?」
潮崎さんが言った。
「うん、そうする」
皿を持ち、ドレッシングを求めて蓮のいるところへ行く。
ゆず塩、ねぎごま、イタリアンドレッシング。どれがいいだろう。ムニエルに合いそうだからイタリアンドレッシングにしてみよう。サラダにたっぷりかける。
「陸、どうだった」
立っていた蓮が言った。
「うん、上手くできたよ。ありがとう。家でも作れそう」
「ならよかった。鮭は色々使い道があるから。チーズを載せて焼くのも絶品だ」
「わかった、家で色々試してみるよ」
笑顔で戻り、ドレッシングをかけたサラダも食べる。イタリアンドレッシングは思ったとおり、鮭のムニエルとよく合った。酸味がきいていて、どこか塩辛く、ムニエルと一緒に食べるとまた異なった西洋の味がする。
「師匠、次はいつなにを作りますか!」
青木君が言った。次回も参加予定らしい。師匠、と呼ばれて蓮は照れくさそうにする。
「そうだなー。みんな今日は疲れただろう。明日と月曜どっちがいい?」
何人かが、月曜がいい、と言った。今日は疲れてしまったらしい。
「じゃあ次のお題。作れるようになったら簡単、初心者向け! みんな大好きカレーだ」
蓮はまたニッと笑い、親指を立てる。
「アイアイサー!」
何人かがそう返事を返す。ほどよい疲労感が襲ってくるけれど、なんだか、とても居心地がいい。月曜はカレー。簡単とは言われるけれど作れない。楽しみにしておこう。
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