第7話
「はは。医者にも言われたよ」
「冷蔵庫の中にはなにがある?」
俺は昨日見た冷蔵庫の中のものを話した。
「それならわかめともやしで中華風スープが作れるな」
「なにそれ」
「お湯に鶏ガラスープの素を入れて、塩と醤油で味を調えて温めて、水に戻したわかめともやしを入れるだろ? それで熱くなったところでごま油を入れるのよ。白ごまがあればなおいいけど・・・・・・あと、スライサーある?」
俺は昨日台所で見た調理器具を思い出した。
「すりおろし器にスライスできるものならついていた気が」
「なら、野菜をスライスして重ね合わせて縦に切れば、それなりに彩りよくサラダができるから作ってみ?」
鶏ガラ。知らないけれどスーパーへ行けばわかるだろうか。
「わかった。ありがとう」
担任が教室へ入って来た。福井さんが前に出て今日の反省点などを話しているがみんな誰も聞いていない。特に重要な報告もなかったので、掃除当番だけ残って解散となる。みんな鞄を持って教室から出て行く。
「陸、行くぞ」
「おっけー」
俺たちは担任の前に行った。
「先生、野本君とお母さんが栄養失調気味なので、これからしばらく料理部がない日に調理室使っていいっすか。料理を教えるんです。他にも料理を教えて欲しいという生徒も結構いて」
ああ。そういう建前になるのか。理由がなければ借りられないのだろう。
まぁ、建前といっても正真正銘、本当のことだ。
「おう、そうかぁ。俺はいいけど、家庭科の先生にも聞いてみて」
「はい」
俺たちは職員室へ行き、中年の家庭科の広瀬先生にも同じことを伝えた。
「そういうことなら構いませんよ。栄養を取らなければ日々の生活も辛いでしょう」
中学の時はわりと辛かった。お腹は空いていたけれど、空いていないと思い込むようにして耐えていた。そうしてみるみる痩せてしまった。今もガリガリだ。
「クラスの子たちで協力して料理を作るなんていいことじゃないですか。でも調理室の鍵を受け取るときも返すときも私に言って下さい。時間のあるときに見に行きます。包丁の扱いには気をつけて、絶対火は出さないこと。いいですか」
「はい、気をつけます」
俺は直立不動のままそう言った。
職員室から出ると、蓮は背中を叩いた。
「よかったな。よし、明日から仕込んだる。あ、でも鮭買えるか?」
「うん。お金なら少しあるし・・・・・・大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ心配いらないな」
「ああ。ありがとう」
家に保冷剤はある。大分古いけれど、母さんが買い物をしたときにとってある。熱を出したときなどに使うから。
蓮と校門の出入り口で別れると、俺は実家の最寄り駅のスーパーに寄った。
外国産の鮭一匹は意外と安い。あとはサラダになりそうなもの。キャベツも四分の一カットならば安い。蓮の言っていた鶏ガラ。
探してもわからなかったので店員に訊くと、親切に案内してくれた。棚にずらりとある。袋に入った鶏ガラスープの素を手にする。鮭より高いが、買えなくはない。あとは今日の晩ご飯。めざしが安かったのでカゴに入れる。
千円以内におさまったのでほっとして、家に帰った。今日の夕飯、早速中華風スープを作ってみよう。ご飯はまだ炊飯器の中に残っていたので一度深めの皿に入れてラップをかけ、レンジで温める。
「さて、やってみよう」
わかめは水に戻すんだっけ。すごい増えるんだよな。
冷蔵庫からわかめを取り出すと、どんぶりに水を入れ、乾燥したわかめをどのくらい増えるかざっと計算して放り込む。
もやしを洗い、調味料は・・・・・・。台所の棚を漁る。醤油、砂糖、塩、サラダ油、ごま油。
ひととおりある。わかめを戻している間に、大根とにんじんをスライスしようとしてあっ、と思った。先に皮を剥かなければ。なんだか蓮の「皮むけよ」という声が聞こえてきそうな気がする。
ピーラーで皮を剥き、包丁で端を切り落とすと、すりおろし器を裏返しスライサーでにんじんをスライスしていく。綺麗に丸く薄く切れる。それを重ね合わせ包丁で刻んでいく。
「おおっ、これは!」
綺麗に細く切れている。楽でいいかもしれない。
「手ぇ切るなよ」
再び蓮の声が聞こえてきそうだ。大根もそうして切ることにした。
縮んでいたわかめが大きくなってくると、鍋に水を入れ、鶏ガラを適当に入れてみる。
味見をしてみるが、冷たく味がしない。塩と醤油で調えるんだっけ。最初に醤油を入れてみると、鍋の中の液体の色が変わる。醤油だけだと物足りない。塩も混ぜる。醤油と塩を少しずつ足していくと、だんだん味がはっきりしてきた。
液体の温度も高くなってきたので、わかめともやしを入れてしばらく置く。そしてごま油を入れて味見。
「あ、旨い」
びっくりした。本当に中華料理に出てくるスープみたいだ。鍋にはごま油がとろりとろりと表面に浮いている。中華風味の香りが食欲を掻き立て一口飲めばわかめと一緒につるりと喉を通る。
安上がりだしとてもいい料理を学んだ。
これは母さんにも食べさせたい。めざしを焼いて、細く刻んだにんじんと大根をうちにある黄色い五角形の皿に盛り付ける。にんじんがあるだけでも、彩りが綺麗に見える。
黙々と、ご飯を食べた。中華風スープを作れたことにとても満足し、それだけで幸福を感じた。
「白ごまがあればもっといいかも・・・・・・」
買わなかったことを残念に思うが、節約。
このスープは胃がすっきりするし、ごま油の香りで食欲もかき立てられる。
おかわりをして手を合わせると、片付けをして電気を消した。
明日は母さんを出迎えたいけれど、それより料理を覚えて振る舞えるようにすることが先だ。
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