第4話


校内放送で呼び出しがかかった。


「一年四組。野本陸君、至急、職員室まで来てください。繰り返します、一年四組、野本陸君・・・・・・」


ぎくりとした。クラスの子たちの視線が一斉に俺に集まる。


「あ、俺行ってくるね」


逃げるように教室から飛び出し、慌てて三階の突き当たりにある職員室へと行く。


担任が職員室にある電話を保留音にしたまま、待っていた。


「野本。病院から電話だ」

「病院?」


五時限目の授業は数学だ。数学の先生はもうクラスに行ってしまったようだ。


「俺はここでお前が電話を終わらせるまで待っているから」


はい、と言って受話器を取る。


「もしもし」

「私、塚越総合病院の石田というものです。野本みゆきさんの息子さんでお間違いないでしょうか」


女性の声が聞こえてきた。塚越総合病院なんて聞いたことがない。


「はい」

「あなたのお母さんが会社で倒れまして、先ほどうちへ運ばれました」


倒れた・・・・・・? 母さんが? 心臓が早鐘を打つ。


昨日顔がむくんでいたし、顔色も悪いような気がした。やはり元気なふりをしているだけだったのだ。



「至急、来て頂けますか」

「わかりました。すぐに行きます」


俺の顔色も悪くなっていくのがわかった。病院の場所を聞き出し、担任に目配せしてメモ帳とボールペンを借りてメモを取ると、電話を切った。


「どうだった」

「母が倒れました。早退させて頂きます」


担任は深刻な眼差しで頷いた。


「わかった。早退手続きはやっておくからすぐに行ってやれ」

「はい」


病院の最寄り駅を担任に調べて貰うと、急いで教室に戻る。授業はすでに行われており、再びクラス中から視線が集まる。恥ずかしい。俺は数学の教師に言った。


「先生、すみません。母が倒れたそうなので、一旦帰って病院へ行きます」


場がどよめく。


「わかりました」


帰り支度をして教室を出ると、走った。


昼食をしっかり食べられたおかげで、体にも力が入った。そのまま全力疾走で駆けて、電車に乗り込む。


こうして定期代を払えるのも、母さんのおかげなのだ。一体どんな病気だというのだろう。不安で不安で仕方がない。



電車を乗り継ぎ、一度自宅へ帰ると母さんの衣類やマグカップをまとめて持って、ボストンバッグに入れ病院へ向かった。入院に必要になるだろうと思ってのことだ。



病院へ行き受付で事情を話すと、電話をしてくれた看護師に案内され、しばらく待って診察室の中に入る。四十代くらいの眼鏡をかけた男性医師が、落ち着いた態度で黒い椅子に腰掛けていた。



「野本みゆきさんの息子さんですね」

「はい」


俺は前のめりに先生に尋ねる。


「一体母になにが」

「会社で急に倒れたそうなのですが、見たところ過労と栄養不足ですね」

「過労と栄養不足・・・・・・? 他には」

「他は問題ないでしょう」


安心していいのかよくないのか。


まぁ、深刻な病気じゃなかっただけ、不幸中の幸いだろう。でも過労で死ぬ人もいるし、喜べはしない。



「とにかく栄養が足りていません。二日ほど入院して頂きます。点滴をして、食事もとらせますから。家ではなにを食べているのですか」


仕方なく医者に食事事情を話した。


「もっと栄養バランスよく、いいものを食べてください。あなたも、そのようなものを日々食べているとそのうち倒れますよ」

「はぁ・・・・・・」


そうは言っても食費を切り詰めるのがうちの方針だからなぁ。


再び看護師に案内されて母さんの入院している病室へと行く。六人部屋の隅っこで点滴を打たれていた。洋服の裾から見える腕が細くて痛々しい。昔に負った火傷の痕もある。


「ああ、陸。来てくれたの」

「必要そうなもの、持って来たよ」


ボストンバッグをパイプ椅子の上に置く。思ったよりは元気そうだが、顔色は酷く悪い。


仕事にならないほど栄養が回らず、しかも疲れていたのだ。


「ありがとう。二日間入院ですって」

「うん。安静にして休んでいて」

「でも、仕事に穴開けちゃった。クビになっちゃうかも・・・・・・」

「仕方がないよ」


むしろそのほうがありがたいかもしれない。クビになればもっと待遇のいい仕事にありつける可能性もある。


「なぁ、俺高校辞めて働こうかな」


言うと母さんは怒ったような表情をした。


「ダメ。ちゃんと高校は出ておきなさい。あんた頭はいいんだし。心配なんてしなくていいから」


心配しなくていいから、は母さんの口癖だ。その裏でどれだけ母さんが頑張っているか知っているから内心では心配になる。でも確かに中卒だと働き口は少ない。中卒で、懸命に働いている人もたくさんいるけれど。


「わかったよ・・・・・・」

「お母さん、しばらく寝るわね。この入院期間中に、疲れを癒やしておくわ」

「うん、そうして。じゃあ、俺は帰るよ」

「戸締まりはちゃんとするのよ」

「はいはい」


帰ることにした。とりあえず話す元気があるのだから、大丈夫だろう。


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