第3話
一晩が経ち、朝白米を弁当箱に詰め込もうとしてしゃもじを持った手を止める。
母さんは白米弁当を持ち、一足早く会社へ行ってしまった。
弁当、持っていかなくていいのだっけ。もしかしたら、高梨君が作ってきてくれるのかな。それともやっぱりからかわれる?
――胃袋支えてやんよ
少し期待してもいいのかな。弁当を持っていくのはやめにして、学校へ行った。
高梨君はホームルームの始まるギリギリにやって来て、昼休みになるとふらっとどこかへ行ってしまった。それから二十五分が経っても戻ってこない。
ぐぅうぅぅう、とお腹が鳴るがクラスの子たちのざわめきに、誰も聞いている人がいない。ああ、やっぱりからかわれたのかな、俺。それとも、忘れられた?
そう思ったとき、高梨君が教室に入ってきて俺の前に立った。
「ほれ、弁当。調理室で作っていたら少し遅くなった、ごめん」
「え」
青く細長い二段重ねの弁当箱。惚けて見つめる。
「ぼーっとしていると食う時間なくなんよ」
「えっ、これ食べていいの。できたて? なんかすごく温かいけど」
「できたてのほやほや。弁当って朝作って昼食うと冷えてまずいだろ」
高梨君は俺の前に座る。
「ほら、食え。俺も同じの食うから」
できたてということに感動し、言葉に詰まる。そして自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう。頂きます」
高梨君は椅子を回転させて俺の席に自分の弁当箱を置く。蓋を開くと、ミニハンバーグがふたつ、チェリートマト、切り干し大根、ブロッコリーに卵焼きが入っていた。
「これ全部調理室で作ったの」
「野菜は家で切ったやつを調理室の冷蔵庫に置かせて貰った。卵も」
「卵焼きも温かいよ。作ったの?」
「うん、そう。ハンバーグも家で形だけ整えて、調理室で焼いたんだ。あと、朝は教師の許可を得て、昼までに米が炊けるようにセットしておいた」
弁当全体が日の光に当たって輝いていた。ハンバーグを一口食べる。肉を食べるなんて何年ぶりだろう。柔らかな肉の味が、ケチャップと融合して舌に絡まる。
ご飯も温かくて、なんとふりかけ付きだ。ああ、ごめんなさい。からかわれたと疑って。
「美味しいよ、高梨君」
「蓮でいいよ」
「じゃあ俺も、陸で。ありがとう。ごはんってこんなにほかほかなんだねえ」
昼はいつも冷たい白米しか食べてこなかったから、温かいご飯を食べられることにしみじみとしたものがこみあげてくる。
「明日も作ったる」
「いいの」
「こんなの朝飯前だ。いや、昼飯前といったほうが正しいな」
微妙なギャグに苦笑していると、クラスの女子たちが急に周囲に集まってきた。
「なにこれ、高梨君が作ったの。ほんのり湯気が見えるよ」
垂らした髪に、左の長い前髪をゴムで結っている女子の一人が言う。潮崎さんだ。
「そう。調理室を借りて」
「えー、すごいじゃん、料理上手なんだ」
「すごいね」
女子が口々に言う。
「なんだよ今日一緒に昼飯が食えねーと思っていたら、野本のために弁当作っていたのかよ」
この数日間、蓮と昼食を共にしていた横長君、長谷川君、小林君も寄ってくる。
「うん。しばらくは作ったるって約束したし」
明日、と言ったのにしばらくに変わっている。
「本当にいいの」
「いいっていいいって。苦手なものとかある?」
「梅干しと納豆」
「納豆は弁当に入れるもんじゃねーけど、梅干しは避けるようにする」
「いいなー。野本のやつ羨ましー」
様子を遠くから見ていた小林君がからかうように言った。納豆が嫌いだなんて日本人じゃないぞという声もどこからか聞こえてくる。だが全然嫌な気持ちはしない。
そうしてクラスの誰も、俺が白米ともやしを持って来ていたことには触れない。昨日みんな、聞いていたはずなのに。気を遣ってくれているのだろうか。
箸は進む。卵焼きは甘さ控えめでちょうどいいし、切り干し大根は歯ごたえがいい。
食べ終えると、弁当箱は洗って返すと約束して鞄にしまう。
「そうだ、みんな。アドレス交換しようぜ」
小林君がスマホを持って来る。う。俺はガラケーなのだ。今はみんなLINEとかインスタとかやっているご時世だけれど、俺は混ざれない。
鞄からガラケーを取り出す。だが誰も、俺がガラケーであることになにか言ってくる人もいない。その場にいた――、というよりほぼクラスの子全員が集まっていたので全員とアドレスを交換した。
チャイムが鳴ったので、五時限目の授業の準備をする。
すると――
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