第2話
チャイムが鳴って、お昼の時がやって来た。
お小遣いは三千円貰っているけれど、参考書を数冊買えばすぐに消えてしまう。基本勉強は好きなのだ。だからパン代も出せない。
女子は既にグループを作っており、男子もまあまあ、それなりに仲良くなった子たちと一緒に食べ始める。
俺の周りに誰もいないのも、それはそれで弁当のことを言われなくて済むか。
鞄から弁当箱を取り出す。今日は白米のみだがお米だって、農家の人が一生懸命作っているのだ。感謝して食べないと。梅干しは苦手だから入れていない。
黙々と食べていると、前の席で数人とふざけていた男子生徒が俺の席にぶつかった。
机が斜めになる。
「あ、ごめん」
男子は振り返り、ペットボトルのお茶を片手に持ったまま謝ると机を直した。
この子は確か、高梨蓮といったか。
筋肉のついたがっしりとした体格で身長は俺と同じくらいだろうか。
「いや、気にしてないよ」
高梨君は俺の弁当をちらりと見る。
「そうだ。生徒手帳落ちていた。これ、野本のだろ? 野本陸」
ポケットから生徒手帳を取り出し差し出す。落としていたなんて気づかなかった。
「ありがとう。どこで見つけたの」
「廊下に落ちていたよ」
転んだときだ。律儀に届けてくれたのはありがたい。
生徒手帳を鞄に入れると、高梨君は言った。
「なあ、おまえんちって貧乏なの。いつも白米だけだけど。たまに、もやしとか入っているみたいだけどさ」
大きな声で言うので、周囲が静まりかえった。みんな聞き耳を立てているのだろう。俺の弁当を見て誰も、なにも思わないはずがないのだ。
でも、とうとう言われちゃった。また、中学生の時みたいにからかわれる日々が始まるのだろうか。嘘をつくのも嫌だったので素直に言うことにした。
「父が失踪して、稼ぎ頭が母だけだから生活がいっぱいいっぱいなんだ。食費は切り詰めていて・・・・・・家は立派なんだけどローンがすごくて」
「ふうん」
高梨君はお茶を飲む。
「おまえ、明日からその弁当持ってこなくていいよ」
「えっ、それはどういう――」
訊ねると、高梨君はニッと笑った。
「俺がお前の胃袋支えてやんよ」
クラスからヒューッという声があがった。どういう意味だろう。更に訊ねようと思っても、彼はもう他の生徒達と喋り始めて話す隙がなくなっていた。他のクラスの子たちもそれぞれの会話に戻っている。
午後の授業を受けて本屋に寄り、なにも買わずに帰る。晩ご飯を母さんが帰ってくる午後九時までは待てないので朝の白米の残りを温めずに炊飯器からよそい、二切れ二百円で売っていたというアジの干物を焼いて食べる。
風呂に入ってリビングで宿題と予習をしていると、母さんが帰ってきた。午後九時半だ。
「ただいま」
「お帰り」
母さんは手先が恐ろしく不器用だ。包丁を持てば、指を切って血が止まらずに何針も縫うということが俺の小学生時代の頃からしばしばあった。だから普段はできる範囲で作って貰っている。贅沢は言わない。
「今日も疲れたぁ。本来五時までのはずなのに残業代がでないのが悲しいなぁ。五時でタイムカード切らされるのよ。そのあと四時間近くサービス残業」
魚を焼き始めた。俺は二人分のお茶を淹れて、正面に座る。
十五畳のリビングがやたら広く感じられた。
「もっといい会社に転職するのもひとつの手じゃない?」
「うーん、スキルもあまりないし、この年齢で好待遇で雇ってくれるところあるかなぁ」
四十三歳でいい企業に転職できる事ってあるのだろうか。俺にはまだそういうことはわからない。でも、このままだと体を壊しそうで心配なのだ。表情は疲れでいつも曇っているし、痩せこけているし、心なしか顔もむくんでいる。
「俺は母さんが心配で」
「大丈夫よ。元気なだけが取り柄だから」
「そう?」
「そうよぉ。あんたはなにも心配しないでいいのよ」
気丈に振る舞ってはいるけれど、父さんのこともあるし精神的なストレスも相当のものだと思う。それこそ俺が弁当でからかわれた以上に。でもそれには触れない。
「お風呂沸かしておいたから」
「ありがとう、食べたら入るね」
リビングで予習の続きをしていた。電気をつける箇所は数ある部屋の一カ所と決めている。お風呂とトイレは別だけれど。
救いなのは、勉強ができる環境があることと、春の気温がちょうどいいことだ。
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