第6話

「いやなに、アーノルド君。君は我が家の大切なお客様だ。この程度は当然のことだよ」


 フェルディナンド様はそう俺を気遣ってくれる。

 本当にフェルディナンド様の部下? に慣れて良かったと思う程フェルディナンド様は良い人だ。


「お世話になります」


 そう言って頭を下げる。


「そんなに気にしなくてもいいんだよ?」


 などと会話を交わしているとフェルディナンド様のご邸宅の前に馬車が止まる。

 屋敷から男性使用人が出てくると、馬車のドアを開ける。

 フェルディナンド様が下車した後に、俺も馬車を降りると立派な邸宅の玄関口にズラリと並んだ。約五名の使用人が出迎えてくれる。

 流石、都で騎士団の上役をやっている家系。手当が多いのか表に並ぶだけでも、これだけの数の使用人を雇えるのだから都の富の凄さをヒシヒシと感じる。

 一番先頭で出迎えてくれたのは、初老の男性だった。

 少し肩遅れのジャケットやズボン、ネクタイをしており、フェルディナンド邸に勤めている家宰と思われる。


「お帰りなさいませ、フェルディナンド様。そしていらっしゃいませ。お客様」


 そう言うと礼をしていない使用人も一様に礼をする。


「ダリル今帰った」


 そう言うとダリルと呼ばれた家宰に侍るようにしている。ダリルよりも幾分も若い男性がフェルディナンド様の外套や剣を脱がし、受け取っていく……

恐らく彼らは、従僕や執事と言った所でダリルの親族か後継者と言った所か……

 そんなことを考えていると、俺の荷物も預かってくれるらしく男性使用人達は俺の荷物を運んでくれるようだ。


「お食事はどう致しますか?」


「先ずは湯浴みがしたい。用意を頼む。アーノルドくんもそれでいいか?」


「もちろん」


 客人である俺に選択権など事実上存在しないので、桶に用意してもらった熱湯にタオルを浸して旅の垢や汗を拭う。

 さっぱりとしたところで洋服を着替え、ワイトシャツの上にベストを着るだけのラフな格好でフェルディナンド様の家族が待つ食堂へ足を向ける。


「食事には期待しておいてくれ、君が誘いを断ったとしてもどのみち一度は都に招くつもりだった。その際には当家に泊まってもらう積りだったからね食事はいつもよりも質も量も多くしてもらっているんだ」


背後から突然、フェルディナンド様が話しかけてくるのでビックリして振り向く、とフェルディナンド様は悪戯っ子のようなニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「いいえ。ご存じの通り昼食は馬車の中で取ったサンドイッチ程度なので、正直結構楽しみです」


そう答えるとフェルディナンド様はニッコリとほほ笑む。


「喜んで貰えるようで何よりだ。では家族も腹を空かせて待っている行こうか……」


そう言うと俺を追い越して、カツカツと革靴の音立ててロウソクではない灯(街灯と同じ魔石によるものだと思われる)……に照らされた薄暗い廊下を歩いて行く……遅れまいと親の後ろを付いて周る子供のようにフェルディナンド様の後ろを付いていく。


「そんなに緊張することは無いさ。客人として招いているんだ気楽にしていてくれ」


「いやいや、このような立派な屋敷に招かれ食事を頂くなど初めてですので……その……」


「まぁ慣れだよ……慣れ……もっとリラックスして……親戚の家に遊びに来た。ぐらいの気持ちでいいからさ……」


そう言いながらフェルディナンド様は食堂の扉を開けて中へと入っていく。

中に入ると既にフェルディナンド様の家族と思われる面々が席に着いていた。


「フェルディナンド」


「いえいえ、食事の用意ができておりますよ。そこに座ってください」


上座には家の養父よりも老けた男性が座り、その近くが一席空いている。

空いた席の向いにはフェルディナンド様と歳の近い女性が一人と娘と思われる俺と同年代の女性が座っている。

使用人によって引かれた椅子に腰をかけると、料理が運ばれてい来る。


「お養父様。お待たせして申し訳ありません……」


 フェルディナンド様は座ったまま、上座に座る老人に目礼する。


「勝手に待っていたのは私のほうだ」


 フェルディナンド様を一瞥し答えるとこちらに視線を向けてくる……


「お初にお目にかかります。私は天測流四代目当主のアンドリュー・フォン・ウォルトと申します」


「ユスティニアヌス家前当主のルードヴィヒ・フォン・ユスティニアヌスだ」


「……?」


(あれ? フェルディナンド様は地方の産まれの予備次男以降だったハズだ。それなのに都に妻の家族以外がいるっておかしくないか? もしかして家督相続で揉めたり、御取り潰しにあって家族を呼び寄せたとか?)


俺は思考を巡らせていると……


「ああ、なるほど……お養父様は妻の父なんだ。私は入り婿なんだ」


「なるほど、そういうことだったのですね……」


 なるほど納得が行った。確かにルートヴィッヒ様とフェルディナンド様の容姿は親子なら似ていない。この場に居ないルートヴィッヒ様の細君に似ているなら納得は出来るのだが……もしルートヴィッヒ様の細君にも似ていなければ不定の子か養子を疑ったのが……俺の妄想が杞憂で良かった。


「フェルディナンドの故郷の話を訊いておったのか……アーノルド殿はフェルディナンドに気に入られているのだな」


 俺は曖昧な笑みを浮かべ誤魔化す。

 様子を見計らったようにフェルディナンド様が家族の紹介を始める。


「こちらが私の妻のアストレア」


 長髪でスタイルの良い女性が目礼をする。俺も習って目礼をする。


「アーノルドさん。今夜はゆっくりとしていってください」


「こっちが義妹のテミス」

「よろしく」


 アストレアさんに比べると大人しい性格なのだろうか? 口数も少なければ、見た目も少し地味目だ。



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