第7話 注意勧告

 リーリエ王女来訪のしらせ。それは夜が明けるよりも早く村全体へと知れ渡った。


「マジで見たのか?あのリーリエ王女を!!」


「ん?あぁ昨夜家に来た。大層強そうな騎士様連れてな」


 まだ朝の支度したくをするには早い午前4時、幼馴染の2人であるシルヴァンとハルカはドロテア家に訪れていた。彼ら2人だけではない。村長であるバージや緊急で帰還きかんした叔父のガンツも含め十数名がリビングにてその事態をまとめていた。


「服なんかどーでもいいっての!!リーリエ王女と言えば超美人で可愛いって話!それに心も広くて優しくて、国民全員に好かれている王女様ってな!」


随分ずいぶん詳しいのねシルヴァン。貴方王国に知り合いでもいるの?」


 猛烈もうれつに王女の評価を語るシルヴァンとは対照的に、ハルカは少し冷めた空気をまといいながら質問した。


「あぁ士官学校で同じクラスの奴に聞いたんだ。何でも数ヶ月に一度行われるお祭りや行事には必ず出席して国民をねぎらってるらしい。そいつも一度だけだが手を交わしたことあるらしいぜ」


 士官学校はリトラ村だけでなく周囲の村や街、アドラー王国から通学する生徒がいる。顔が広い狭い関係なく王女であるリーリエを知っている人間がいることはごく自然なことだった。


「そりゃすげぇいい王女様だな。将来国もこの村も安泰じゃねぇか」


「あとあと!!見たかベレト!?」


「見た?何を?」


「胸だよ!胸!結構大きいってクラスの連中が言ってたからよ!」


 男みんな大好きおっぱい。それは夢であり、希望であり、宝。シルヴァンの頭は多分こんな感じだろう。実際コイツが付き合ってる女は全員それがデカい。


「きっも」


「ふん。女にはわかんねぇよ!なぁベレト!?」


「え、えーと」


 ジトッとハルカがこちらを見つめている。あまり女性と会話したことない俺だからこその悩みなのだが、おっぱいが好きということは異性の前で大胆だいたんに公表してもいいのだろうか?言わずがな俺も男である以上おっぱいは神だと思っている。王女様と対面した時だってEやF、いやGはあるかもしれないと静かに査定していたくらいだからな。


 だが今回は話が違う。男性女性関係なくハルカに胸の話をするのはNGだと思っている。何故ならコイツの胸は‥‥


「まぁハルカは貧乳だしな。妬くのはわかるけど八つ当たりは良くねぇぜ?」


 ありったけの殺意を込めてシルヴァンを睨みつけ舌打ちするハルカ。


 そう————ッ!!貧乳キャラなんだ!小さいわけではないが服からそこまで膨らみを感じない!!だからこの話をすることで彼女の羞恥心しゅうちしんあおるような真似は決してしたくない。もし気にしているのであればそれは俺のあわい恋に一撃必殺のヒビを入れるきっかけになりかねないのだ。


 だから俺がここで取る手段は!!


「そ、そう言えばこの村に来た時鎧よろい着てたから胸の大きさわかんなかったんだよなー」


 見なかった宣言!!これならハルカに嫌われるというリスクも回避し、シルヴァンの王女の胸に対する夢も潰すことなくみんなハッピーで居られる非常に都合の良い策だ。


 人知れずに己の窮地きゅうちから脱したことに気を緩ませていると、背後から大きな足音を立ててこちらに迫ってくる気配を感じた。


「男だというのに相変わらずムッツリな奴じゃのう」


 長い白髭を生やし、大きな槍を担いだ老兵。ガンツ・ドロテアがまだ小さい俺の肩を掴んだ。


「なんだよじいちゃん。話は終わったのかよ?」


「まぁひとまず。アドラーの王族がなぜこんな村まで来たのか未だ不明じゃがな」


「ん?それは俺を———————」


 すると同時にその大きく岩のような手で口を抑えられるとベレトは発言を止められた。それどころか一言「外すぞ」とだけ言われ俺はシルヴァンとハルカの2人から引き剥がされた。


「なんだよじいちゃん」


「‥‥転生がもし本当ならそれは国家第1級犯罪者の証。転生や召喚系魔法は異世界へと通じる禁術の魔法じゃ」


 朝方とはいえ場所が路地裏というだけあって少し気味が悪い。そんな中じいちゃんは俺に慎重しんちょうおもむきで話を始めた。


「それがなんだってんだ。俺だって知ってる。じいちゃんは俺が自分で転生魔法や召喚魔法を使ったって思ってんのか?」


「いやなにお前に魔法の才がないことくらい知っとるわ。中級魔法もままならないのにそんな禁術使えんわけなかろう。問題は周囲の人間じゃ」


 それはシルヴァン、ハルカを含んだリトラ村に住む人間に対しての警戒を示す言葉だった。人口100に満たない小さな村に俺を転生、召喚させた者がいる。そしてそれはベレトに近しい人間。両親や幼馴染である2人に焦点しょうてんが当たった。


「じゃあさっきの話し合いは犯人探ししてたってことなのか?」


「犯人がどうでもいいというわけではないが今はそれは放置でいいじゃろうな。問題はお前が転生したという情報を漏洩させないこと。村長含めわしやお前を含めたドロテア家の人間。計5人だけがこの件を知っている。シルヴァンやハルカはもちろん学校の連中にも決して話すでないぞ?」


 それはガンツとベレトの間に交わされた緘口かんこう令だった。ガンツは王女自身も転生者であるという情報を明かした以上、ベレトが裁かれることはないと考えた。それは国を統制する王族の一員が禁術の転生者であるという他国に漏洩ろうえいさせればアドラー王国を転覆てんぷくさせかねないほどの情報力があるからである。


 だがその考えが甘かったと失念するよりも早く、この村へと迫る悪魔が静かに毒牙どくがを光らせていた。


 この時の時刻はまもなく午前4時15分。


 リトラ村の滅亡記録書にはこう書き記されていた。


“アドラー王国南西領土、36号の村に百のゴブゴブリンが襲来。滅亡予測時刻は午前4時35分である”


と。

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