第6話 再確認

〔1〕


「そう、ですか」


 特にみだれることもなくリーリエは小さく一言呟いた。


「悪いとは思ってます。ただその‥‥なんていうか。いきなり前世の彼女だったと言われても実感ないっていうか、それ以前に明日いきなり王族になれって言われても心の準備ができてないっていうか‥‥」


 我ながら酷い言い訳だと思う。初対面の相手に対してキッパリ物申す潔い度量を持ち合わせていたらよかったのだが、生憎あいにくと俺はそんな大層なものを持っていない。


 だが勿論相手様もわざわざこんな辺境へんきょうな村まで来て「はいそうですか」と引き下がるわけがない。


「では、1週間後‥‥いえ、1ヶ月後であれば準備ができると?」


「あ、いや。それは〜」


 俺の中途半端な言い訳だ。当然付け入るすきがないわけがなく、簡単に解決策を提案されてしまう。


 そんな困り果てていたベレトにアンが救いの手を差し伸べた。


「ベレトはこの村が好きなんですよ」


 ベレトの性格は誰よりもアンが理解している。当然言いたいことを言えない性格もである。親は子の考えていることなど簡単に分かるというが、うちの家庭の場合は母親が鋭すぎるという点もあり疾しいことができない。特にあの儀式をトイレや自室で行う際には要注意なのだ。


「まぁ村というよりもハルカちゃんかしらね」


 ‥‥‥‥え?


「ハルカちゃんですか?」


「一緒に士官学校に通ってる幼馴染の女の子なんですけどね。その子と会うたび凄い楽しそうなんですよ。家族には見せない顔をするもんだからまぁそうなんでしょうね」


 ね?と確かめるような眼差しをアンは俺に送った。


「そそそそそんなことねぇだろ!第一俺がハルカのこと好きなんて、、、ありえねえっつの」


 そんな慌てふためくベレトを横目にアンは再び話を続けた。


「王女様のお言葉を疑っているわけではありません。前世という話もそういった種の魔法が存在している限り嘘ではないのでしょう。ですがベレトはベレトの人生があります。前世からこの世界に転生したのであればベレトはこの世界で自由に生きる権利があると思います。単純に覚えていないのか、忘れたのかはさておきベレトはその記憶を持ち合わせていない限りは王女様の伴侶にするというのもこくな話かと思います」

 

 話自体にすじが通っているとはいえ王女相手に充分好戦的な物言い。ベレトの人生を保障するためとはいえ王女の度量、性格次第では今すぐ無礼だと言われ斬られてもおかしくない状況だった。


「おい、アン・ドロテア」


 口火を切ったのは王女リーリエを護衛する騎士の1人であった。


「口を慎めよ。先ほどからさも対等に話しているようだがお前の目の前にいるお方はアドラー王国王位継承権第一位、リーリエ・フォン・アドラー様だ。こんな辺境の村などお声一つあれば容易く滅ぼせる。お前の態度次第でな」


「—————ッ!!」


 その圧倒的な威圧の前にアンは唇を噛み締めた。


「何も間違ったことは言ってないでしょ?あと刀剣を握るのをやめて。間抜け一つで王国をおとしめる行為に繋がることを理解しなさい」


 先ほどまで浮かべていた温厚な表情が、一瞬で苛立ちを含んだするどいものに変化した。ただそれだけだというのに周囲の空気がキツく締め上げられる。


「私がここに来た目的は一つ。それはベレト様に提案するため。残念ながら断れてしまった今、我々がこれ以上ここにいる意味もありません‥‥ですが」


 座っていた椅子から腰を上げて立ち上がると、玄関の扉に向けてリーリエは指を指した。


「貴方が好きだというこの村を私に案内してくれませんか?」




〔2〕


 午後20時を回ったリトラ村は多分、この世界で1番静かだと思う。そんな大袈裟ながら自慢できる長所を見つけたのはまだ6歳にも満たないガキの頃だった。昼は牛やら馬が村を通い、近所のオッサンや爺さん達が自身の畑をたがやす。たまに来る商人は都会の方が住みやすいし、退屈しないと言うけど俺は大して羨むことはなかった。


 憧れの人、最愛の人、ライバル。この村には俺を成長させてくれる奴らがたくさんいる。リトラ村は最高の場所だ。


「よかったんですか?護衛をつけずに俺と村散策なんて」


「護衛がいたら貴方がかしこまってしまうでしょ?自然体で話したいもの、いっそ邪魔よ」


 騎士より王女といる方が畏まるというものだが‥‥どこまで行ってもこの人は俺のことを他人扱いしない。俺が王女の彼氏だったなら当たり前なのかもしれないが。


「私が転生した時1人の女性に抱えられていました」

 

「へ?」


 拍子抜けたようななんともアホらしい声を出してしまった俺だが、王女様は気にせず話を続けた。


「貴方のように私も転生のきっかけは覚えてない。王道な展開なら事故や他殺でしょうね。もしかしたら自殺かもしれないけどあの時の幸せ絶好調な私にそれはない」


 村を案内すると言ったが目的は昔話をするためだったのだろうか。先ほどから村になど目もくれず歩きながら一方的に話を進めている。


「ねぇベレト。貴方ゲームは好き?」


「ゲームってあのゲームですか?テレビに繋げてピコピコやる‥‥」


「そのゲームってどこの国が発祥か知ってる?」


 そりゃアドラー王国だろ?あそこは文明開花の国って呼ばれてるくらいだしな。スマホもゲームもほとんどがあそこの工場で生産されてる。俺の持ってるやつだった親父が遠征に行く時ついでに買ってきて貰ったものだ。まさかとは思うがお国自慢だろうか?


「まぁ知ってるわよね。そう、アドラー王国よ。そして開発に努めたのが私よ」


「お、王女様が?いやだってこれは四天堂っていうゲームの会社が生産してますよね?」


「開発リーダーは私だもの。ゲーム機だけじゃない。電気魔法を利用した電子機器も炎魔法を利用した調理機器なんかもそう。アドラーで生まれた革新的な機器はほとんど私が開発したわ」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろうか。正直冗談だと言ってもらえた方が納得するレベルだ。


「て、天才なんですね王女様って‥‥」


「私が?ふふふまさか。記憶があったら貴方にだってできたわよ?まぁそれがあったから今のアドラーは潤沢な資金があって豊かだからそれはそれで困ったけどね」


 俺にもできる?記憶って前世の記憶のこと言ってんだよな‥‥あ?もしかして。


「その文化というか知識というか、技術は前世の?」


「ピンポーン大正解。貴方のポケットに入ってる四角いそれもその一つよ」


 ポケットに入ってる四角いそれと言われたらもはや何を言っているのか一つしかなかった。そう、スマホだ。


「一体、前世の世界はどれだけ革新的な世界なんですか?本当に俺がそこにいたと?」


「ええ居たわ。けれどここまで前世の情報を明かしても何一つ覚えがないと言うことは本当に記憶がないのね」


「あ、あぁ‥‥あ!?ごめんなさい!ついタメ口で」


 王女様は小さく吹き出すと慌てる俺を見て笑って見せた。そんな些細ささいな行動でさえ品を感じさせるのだから王女様っていうのは凄い。多分これを同級生の女子がやってもこうはならないと思う。


「言いわよタメで。でもそっか、ほんとうに忘れちゃったんだ‥‥ふふ、よかった」


「え?今なんて———————」


 最後の言葉が聞き取れず、聞き返そうとしたその瞬間。奥の家屋かおくの影から護衛の1人が現れた。


「リーリエ様、そろそろお時間です」


「あらもう?早いわね」


 透き通った金色の髪をなびかせ、立ち尽くしている俺の真横を通り過ぎた。何か別れの挨拶をするまでもなく、リーリエ王女は一言。


「そのままで居てね」と、囁いた。

 



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