第5話 BAD END

「今なんと?」


 ベレトの実母じつぼ、アンに対して声を上げたのはリーリエ王女陛下の背後にひかえている騎士の男だった。


「ベレトをリーリエ王女陛下の伴侶にするという話ですが。お断りさせていただきたい」


 ただでさえ緊迫きんぱくしていた空気がアンの一言によってさらに重くなる。俺でさえ冷や汗を掻いているのに隣の親父なんて白目を剥いて今にも気絶しようとしている。


「それはどうしてでしょうか?」


 喜怒哀楽のどの感情でもない。台本に書かれた台詞を淡々たんたんと読み上げるように王女はアンに問いかけた。


「ベレトは王になるうつわではないからです。帝国の、それも王族の末席まっせきに加えてもらうなどとんでもない。それに我々は平民—————」


「身分など真実の愛の前では微塵みじんも関係ない。たとえベレト様が平民の身であろうと、奴隷の身であろうと、もしくは指名手配された犯罪者であろうと濃密な愛を彼に注ぐわ」


 間髪かんはつ入れずして愛を熱弁する王女リーリエ。瞳孔どうこうを見開いて狂気的な笑みを浮かべた彼女にアンは言葉を詰まらせた。


「アン・ドロテア。貴方が危惧きぐしている事は王族に平民が加わることに対して反対する勢力が少なからず王族に存在していることでしょう。ですがアドラー帝国は絶対王政、私の母である女王が首を縦に振れば国民はしたがわざるを得ない。それは私が王位を継承した後でも変わりません」


 母として我が子の将来を明るいものにさせたいのは当然のことだ。だがアンの心中にあった本当の懸念けねんは別にあった。それは根拠もなく当てもないただの嫌な予感。ベレトを帝国に送るべきではないとアンの直感が働いたのだ。


「最後に一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ。アン・ドロテア」


「何故王女陛下はわざわざこの村に足をお運びになったのでしょうか?」


「と、言うと?」


 リーリエは木製のテーブルに置かれたティーカップを手に取ると黄金色の紅茶を口に注いだ。それは至って冷静で、動揺もなく一国の王族の風格をただよわさせていた。

  

「ここリトラ村は帝国の領地。ならば召集令なり文書を送ってくださればよかったのではないでしょうか?王女陛下の命ならば我々はこうした問答の場もなくベレトを帝国に送ったでしょう」


 国からの召集令は大きく2つに分かれる。1つは急な大戦勃発による18歳以上の国民を出動させる徴兵令。もう1つは国への文化的功績や武功ぶこうを残した者への褒賞贈与ほうしょうぞうよの為の召集である。もちろんそれ以外の召集もイレギュラーであるが発生する。その部類に今回のベレトの件が該当する。


「確かにその手もありますね。ですが別に私はベレト様を拘束し、連行と題して彼を帝国に連れて行くつもりはありません。あくまで彼の同意がない限りは私としても強制はしません」


 ティーカップの中身を飲み干したリーリエは椅子からスッと立ち上がり、アンの横を素通りしてベレトの正面に立った。


「どうかな?ウチに来ない?」


 そんな今日ウチでゲームしない?みたいなノリで言われても‥‥


 帝国か‥‥多分このままこの王女様に着いていけば俺の人生は勝ち組確定。金も、娯楽も、女も思いのままなのだろう。


 だがそれは本当に俺がしたいことなのだろうか?この村を1人で守る一騎当千の兵士。あの日ハルカと誓い合った俺の夢だ。


 そうだ。別に俺は富豪になりたいわけでも、ハーレムを築き上げたいわけじゃない。好きな村、好きな女を守って自分の夢叶えられればそれでいいんだ。それに両親2人を放って自分だけ幸せになろうとするなんざどんな親不孝もんだよ。


「さっきも言ったけどアンタのことは知らないし。前世とやらもよく分からんし興味もない。だから」


 もし人生にセーブポイントがあるとしたらここだろう。”行く”か”行かない”の選択肢が現れて、間違えて選んだら即バットエンド行きの理不尽極まりない選択。


 俺はこの日のことをいつも考える。この2択以外にも選択肢があったんじゃないかって。


「悪い。行かねぇわ」


 今はただ。無惨に、残酷に、俺の運命は確定した。


         BAD ENDに。


 

 


 

 

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