第4話 約束された未来

「リーリエ・フォン‥‥アドラー!?」


 両隣にいた両親も口を抑えるなり、母親に関してはその場で大きく声を張り上げた。


「も、申し訳ございません王女陛下!!まさかあのリーリエ様とは知らず無礼を!!」


 親父殿がとても慌てている。にしてもあのリーリエ?有名人なのだろうか。いや、聞けばこの国の王女様だ。知らない俺が無知なだけか。


「気にしないでください。そもそも急な来訪を許していただいたのは我々の方ですし、無礼と言えばこちらの方ですよ」


 俺が2階にいた時に出したものだろうか。ドロテア家にある最高位の紅茶をリーリエ王女が口にした。


「それであの。どのような用件で我が家に?」


 王女を前にしても気圧けおされず本題を切り出した。俺の母親、アン・ドロテアはこの家で誰よりもきもがすわっている。父親のラルク・ドロテアなど今にも小便漏らしそうな顔して王女と対面している。


「私がリトラ村に訪れた理由はただ1つ。アドラー王城に伴侶はんりょをお迎えするべく参りました」


 伴侶???え?伴侶???そんな王女様のお眼鏡めがねにかなった奴がこの村はいただろうか?もしかしてシルヴァンか?いや顔は確かにいいが‥‥‥


 と、リーリエ王女を目の前に熟考していると。柔らかい感触に両手が包まれる。


「久しぶり京太君!!高校以来かな?えへへ、なんだか緊張しちゃうね」


「‥‥は?」


 目の前にいるのは俺がどれだけ手を伸ばしても届かない高みの存在。それは触れることすら烏滸おこがましい。なのに——————なにがどうしてこうなる?


「あ、あの。王女陛下?一体何を言っているのでしょうか?」


 頭に思い浮かんだ台詞セリフをそのまま口にしたベレト。急なその展開に彼の脳は処理が追いついていなかったのだ。


「‥‥冗談やめてよ京太君。双葉高校の井上萌々香!!ほら、チアリーダー部の!!」


 フタバコウコウ?イノウエモモカ?チアリーダーブ?マジでなに言ってんのか全然わからん。もしかして新手の詐欺か?この人が王女ってのもほんとは嘘で、あそこにいる騎士様も‥‥


 ふと視線を移すと今にも俺の首を切り飛ばしそうな殺気をこちらに向けていた。


「違げぇホンモノだ。詐欺じゃねぇのかよ‥‥」


「え?」


「あ、いえ。なんでもありません!!」


 てか王女も騎士も話しか聞いたことないし、俺の平凡な人生に出てくるなんて想像もつかなかったわ。ほんと人生なにが起こるかわかんねぇのな。


「ねぇ聞いてる京太君?」


「‥‥」


「京太君!!」


「え?あ、俺ですか?」


「そうよ‥‥さっきから無視して。結構辛いんだから」


 キョウタって俺のこと言ってたのか?なるほど合点がいった。この人は人間違いをしてるんだ。この村にいるキョウタって人のことを探して‥‥でもそんな名前の人居たっけ?


 するとなにを思ったのか彼女は俺の両親がいる前で大胆なことをやってのけた。

 

「んっ」


「うぷっ!?」


 口内が生暖かいなにかに蹂躙され、今まで嗅いだことのない甘い香りが鼻をくすぐる。これはもしや夢にまで見た‥‥チュー!?


 ‥‥‥


 ‥‥


 ‥


 長くない?え、キスってこんなに長くするものなの?そろそろ息が‥‥いや窒息ちっそくするんですけど!!

 

 リーリエ王女の肩を掴むと小さく前後に揺さぶる。気持ちいいのは当然だが、その向こうで待つのは窒息死。一刻も早く彼女の身体を引き剥がそうと必死になった。


「んっハァ‥‥これで、思い出せたかな?」


 何を思い出せるというのだろうか。今のところこの人がとんでもないキス魔で、人を殺しかねないテクを持っているということしか頭に入っていないのだが。


 当然何も思い出せない俺は顔をほてらせた彼女を目の前にして黙り込んでしまった。


「本当に‥‥何も覚えていないのね。京太君」


 ひとみを光らせ、その場で顔を伏せると小さく息を吹き出した。それはため息ではなく、精神を研ぎ澄ませるものに近かった。


「今から話すのは私と‥‥ベレトさんのことです。今は信じられないかも知れませんが、聞いてください」


 そうして彼女が語り出したのはベレト・ドロテアの前世についてだった。


 俺はリトラ村に産まれる前、日本という国にいた。そこでは高校生として双葉高校に通っており、帰宅部?に所属していたらしい。それは何かのギルドかと尋ねたが自分の家まで無事帰ることが任務だと王女は言っていた。もし本当なら前世の俺は何がしたかったのだろうか?自分で自分の行動理念が全くわからない。


 まぁ肝心なのはそこじゃないためいつもシルヴァンにするようなキレキレツッコミはしない。もちろん相手が王女で気が引けたところあったが‥‥


 それはさておき彼女の話は続き本題へ。そう、俺とリーリエ王女陛下の関係だ。先ほど幻聴げんちょうだと思っていた彼女発言。あれはどうも聞き間違いではなかったらしく、本当に俺は前世で彼女と恋仲関係だったとのこと。肝心かんじんな出会いは恥ずかしいとはぐらかされた分、俺を好きになった理由を両親の前で熱弁した。正直当人の俺でさえこの場から逃げたくなるほどのラブレターだった。


 最後に俺は日本からここに転生した原因について尋ねたのだが、彼女は研究しているが未だ不明なままと伝えた。わかっていることは日本で不特定多数の人間がこの世界に転生し、今のところ数名が転生者であると自覚しているものがいるということ。その中で転生者であるにも関わらず前世の記憶がないという例は俺が初らしい。


 そこまで話して彼女は再度ここへ来た目的を伝える。


「京太君。貴方をアドラー王城に迎えさせてください。私の伴侶として」


 聞けば彼女はアドラー帝国の王位継承権第一位。故に将来は一国の女王である彼女と結婚すれば俺はゆくゆくは王となり、富も名声も女も手に入る。


 つまり超絶玉の輿こしのできあがり。当然そんな約束された未来に鼻を伸ばしてしまうのは男としての性だ。そんなだらしない俺をさておいて、母のアンはキッパリと俺に変わって返答した。


「お断りします」

 

 と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る