第1話 リトラ村の少年


 何度も同じ夢を見る。夢を見ている時は濃厚な時間が過ぎているように感じるのに、目が覚めると何も覚えていない。でも確かに額や手には汗が握られていて、髪がシットリ蒸れている。何かに追いかけられた覚えも、殺された覚えもない。でも衝撃的な経験したことだけが脳裏に刻まれているんだ。


 あの日、たしかに俺は———————







「スキあり!!!」


 草原に吹き抜ける風を切り裂くと、一本の木刀がベレトの肌を掠めた。


「————っぶね!」


 避けた勢いを殺しながら両足で大地を踏み出すと1人の少女の顔面目掛けて木刀を払った。


「ハァ!!!」


 ベレトより繰り出された攻撃を少女が同じ木刀で受け止めると、ギチギチと音を立てて衝突する。


「腕、あげたわねベレト!!」


「お前こそ相変わらずの馬鹿力だなハルカ!!」


 両者の力量を認め合う幼き猛者。


 その1人の少年の名をベレト・ドロテア。牧場を営む両親の元に生まれ、村の傭兵団に加入している祖父のガンツ・ドロテアに憧れ屈強な兵士を夢見て日々研鑽を重ねている。


 そしてベレトと剣を交える可憐な少女の名はハルカ・グランヒルデ。リトラ村村長の孫娘であり、両親は双方とも帝国の魔法兵団に勤めている。


 そして村一番の剣の使い手である。


「1045戦945勝99敗。あともう少しで私に100黒星付けられるってのに頑張りなさいよね」


「クッソ痛ぇな〜!!頭殴る必要ねぇだろうが!!」

 

「痛みを伴ってこその成長でしょ?戦場じゃこれ以上の痛みを味わうことになるんだから泣き言わないの」


 幼い頃、俺が兵士になると言ったらハルカは帝国一の剣士になると宣言して始まった真剣勝負。累計1000戦以上剣を交えてきたが未だハルカに勝ち越せていない。というか圧倒的な差すぎていつになったら追いつくかわからない。


「このままじゃ先に私が帝国一の剣士になりそうね」


「別に帝国一になりたいわけじゃねぇよ。俺がなりたいのはガンツみてぇな一騎当千の兵士だ!!この村に攻めてくる連中をバッタバッタ倒してみんなを守ってやるんだ!」


 昔、隣国のサーマ神聖国の100人近い兵士がこの村を襲ってきたことがあった。国境近くの村ということもあり多くの兵士が雪崩れ込んだのだが、ガンツ率いるリトラ村の傭兵団20人が追い払った。その中には1人で100人の兵士に相当する騎士もいたのだが、そいつの首をガンツが取ってみせたのだ。


 俺はあの日を忘れない。自分の命が失われるかもしれないという恐怖から救い出してくれた英雄を。だから俺も絶望の夜を切り開く光になると信じて、俺は兵士を目指している。それもただの兵士じゃない。最強の一騎が当千の兵士だ!!


「まぁなんでもいいけど。1日でも私に勝ち越せてないうちは帝国の兵士になんかなれないから丁度いいと思うけどね」


 最低でも1日5戦は行うのだが、最低でも一勝。もしくは全敗。最近俺はコイツを本当に女なのか疑っている。


「だから俺は帝国には行かねぇって‥‥」


「そ?ならいいんだけど」


 よくわからないのだがハルカはあまり俺を帝国に行かせたがらない。まぁぶっちゃっけ今の俺が弱いから戦死を案じて心配してくれているのかもしれないけど‥‥にしてももう少し信頼して欲しいもんだ。


「はい!今日は終わり。さっさと帰って明日の学校の支度をしましょ」


「おう、そうだな」


 村から離れた麓の草原。そこから10分ほど歩いた先に俺たちの村がある。剣を交えている最中であれば会話も途切れることはないのだが、こうして静かな空間に2人だけとなると少し気まずい。昔はこんなことなかったのだが、これを思春期というのだろうか?


「あのさベレト」


 と、静寂を断ち切ったのはハルカだった。不意に声をかけられたため途端に振り向いた。


「んー?どした?」


「明日のお昼ご飯。一緒に食べない?」


 それは学校でのランチの誘い。俺とハルカはクラスが違うため場所や時間を合わそうとしない限り一緒することはできない。だが、改まってハルカがベレトを誘う理由は他にある。


「‥‥夕飯とかじゃダメか?村に帰ってそれからとか」


「ベレト私と会っても無視するじゃん。ならせめてお昼ご飯くらい一緒に食べようよ。いつもどこで食べてるの?」


「別に場所は決まってねぇよ。いつもシルヴァンと食ってるってだけで」


 シルヴァンとはリトラ村にいる俺とハルカの幼馴染だ。槍を扱ったセコイ戦術や小賢しい考え方をする。ちなみにイケメンで学校じゃいつも女子の黄色い悲鳴を浴びている。


「なら私も加えてよ。そこに私1人来たところで迷惑にじゃないでしょ?」


「‥‥‥‥帰ろうぜ。飯くらい昼じゃなくたっていつだって食えんだからよ」


「ベレト!!」


 あからさまに話題をすり替えると、俺は麓の丘を降りる坂へと静かに向かった。これ以上彼女と対話を重ねていても険悪になると思ったからだ。


 でも俺はこの日のことをあの日後悔するんだ。明日が当たり前に来るなんてどうして自惚れていたのか。

 

 運命にはなんの保険も保障もかけられていないというのに。


 


 

 

 

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