第2話 複雑なお年頃

「見てみろよベレト。難易度S級ダンジョン裸で逃げてみた!!だってよ。いくらバズりたいからって命懸けすぎじゃね」


 総再生数2000万。コメントには—————


“スカルキメラから逃げてんじゃん!!マジ英雄かよ!!”

“この人ダンジョンの構造完全理解してるわ。じゃなきゃこんな神立ち回りできねぇって”

“確か冒険者ランクAだったよな。にしても上裸って頭イッてるだろww”


とまぁ配信者のアホさを否定せずともその勇敢さや気概が評価され、動画配信界隈では有名である。


「そのダンジョンって最近勇者パーティが潜ってボスを倒したってとこだろ?どんなに深くまで行っても居ないわけだしぶっちゃけAダン(Aランクダンジョンの略称)と難易度は変わんなくね」


「またそうやって辛口コメントを。お前今ランクいくつだよ」


「‥‥D」


「ぷっ」


 小さく吹き出すと親友のそいつは腹を抱えて笑い出した。


「カウンター喰らってじゃねぇよ。Dランカーのお前なんてダンジョンで大量に湧く雑魚にだって勝てねぇだろうよ」


 ぐうの音も出ない事実。実際俺はCランクの深層に頑張って辿り着けるくらいのレベル。配信者の酷評はするがほとんど自分を棚に上げて話している。というか動画を見て悪口を言う奴なんて大抵それだ。


「あーあ、俺もダンジョン実況動画とか配信してみよっかな。案外簡単に稼げたりしてさ」


「そうだな、ならまずは冒険者ランクをAまで上げないとな。低ランカーの実況なんて誰も見ないしよ」


「うっぐ。それはそうだな‥‥」


 お互いに傷に塩を塗り込んだところで俺たちは教室を出た。今俺たちがいる場所は王都士官学校。冒険者や兵士を志す者が通う場だ。13歳から18歳までの訓練生が同級生達と共に切磋琢磨している。現在時刻は16時半。既に今日のカリキュラムは終わったためこれから俺たちは家へと帰宅する。


「そういえば最近ハルカとどうなん?デートの一回でも行ったかよ」


「え?」


「え?じゃねぇよ。もう何年片思いやったんだお前。そろそろ告って付き合うなり振られるなりしろよな?チマチマしてる男はいつまで経っても彼女はできねぇぜ?」


 彼女ができて今日で30ヶ月。高身長と天性のイケメン顔を兼ね備えたシルヴァン・ナールズはこうしていつも年齢=彼女いない歴の俺を馬鹿にしてくる。


「うるせぇな。お前には関係ないだろ」


「関係あるさ。お前に、それとハルカとは昔からの幼馴染だ。同じ村で育った仲だし気になるに決まってんだろ」

 

「別になんも進展ねぇよ。クラスも違うし、会う機会なんてそうそうないしな」


 俺とシルヴァンは剣士養成クラス。ハルカは魔法師養成クラスだ。それに加えて全校で2000人もの訓練生が通っているため学校での遭遇率も低い。会いたい気持ちはあるが、もし会えたとしても彼女は他クラスでも人気で誰もが話しかけたいと思っている。故に俺が個人的に話しかけるのはどうしても躊躇ってしまう。


「お前ネチネチしすぎなんだよ。付き合える時は付き合えるし、振られる時は振られる。引っ張ったってなんの意味もないんだぜ?そうやって自分の気持ちを伝えられる状況がいつまでも続くとは限らないしな」


「そうやってたまに正論ぶちかましてくるのやめてくれない?てかさっさと帰ろうぜ。暗くなってきたしよ」


「あれー?逃げるの?またまた逃げちゃうの?」


 普段俺にいじられている分こういう場面になると躊躇なく煽ってくるシルヴァン。よし、今日の帰りはコイツが最近他の女子に浮気気味になっていることを話題にあげてやろう。ネタは掴んでる。俺は用意周到な男なのだ。


——————


————


——


「へー!そんなことがあったんだ!」


「な!?ハルカ達もそう思うよな?あの教官にそんな一面があってさ——————」


 ‥‥それは話が違うじゃん。


 普段通る帰り道を歩いていると後ろから訓練生の女子4人に話しかけられた。いつものようにシルヴァン目当ての女子達ならばよかったのだがそのうちの1人に幼馴染のハルカ・ヒルデがいたのだ。


 これではシルヴァンを煽るどころか逆に再びコイツによって追い討ちがかけられる。それを思うと億劫でしょうがなかった。


「—————ぇ」


 それにしてもやっぱモテるなシルヴァン。顔はいいのはわかるがやっぱり学校での成績も大きいのかもな。剣術は俺の方が勝るが槍に関しては右に出る奴はいない。今日も模擬訓練で槍使いの教官とシルヴァンが交えていたがコイツの圧勝だった。その時の女子達の黄色い悲鳴ときたらまぁうるさい。女子ってカッコいい男を目の前にするとどうして発狂するのだろうか。その瞬間だけ猿に退化するのかな?


「ねぇ!ベレトってば!!」


「ん、おぉ!?ハルカか。どうした?」


 気がつくとハルカが俺の顔を覗いていた。シルヴァンと女子数名は少し先を歩いており、ハルカはこうして立ち止まって熟考していた俺のことを待っていてくれていたらしい。


「どーしたのベレト?ボーッとしちゃって。学校でなんかあったの?」


 艶やかな赤色の髪を垂らしながらコクリと首を傾げる。そんな仕草でさえ可愛いと思ってしまう俺はもはや重症なのだろうか。


「別になんでもない。それよりシルヴァン達先行っちまったじゃねぇか。早く行こうぜ」


 その場しのぎの照れ隠し。今の俺には夕陽に照らされ神秘的な彼女を直視することなどできなかった。


「ふーん。変なベレト」


 凹凸の激しい道を一歩一歩踏みしめながら歩いていく。シルヴァンのいる前方は時折明るい笑い声が聞こえる。アイツと話すのはきっと楽しいだろう。元々他人とのコミュニケーションが得意な奴だったしな。それに比べて俺といえば。


「‥‥‥」


「‥‥‥」


「‥‥‥」


 これだよ。コミュ障故の沈黙。気まずいといったらありゃしない。ハルカだってきっと本当はシルヴァンと話したいはずだ。それでもこうして俺を気遣って先に行こうとしないのは彼女の優しさなのだろう。


「なんかさ、変わっちゃったよね。私たち」


「へ?‥‥‥あぁシルヴァンか。確かにアイツは昔に比べて背も高くなったし、学校に入ってからは女子にモテたよな。村じゃ同じ世代の奴俺とお前しかいなかったからそういうのもなかったしな」


「まぁシルヴァンもだけどさ‥‥私たちだよベレト」


 後ろでコツコツと聞こえていた靴音が不自然に止まる。まるで俺も歩くのをやめろと言っているような気がして俺もその場で立ち止まった。振り返るとそこに待っていた笑顔ではなく、どこか寂しそうな表情をしたハルカがいた。


「私たち変わったと思わない?」


「そうか?別に何も変わってないと思うけど。そりゃ昔に比べれば身長だって体格だって」


「いいよそういうの。ちょっとだけウザいかも」


「‥‥そっか」


 彼女が何を言おうとしているのかわかっていた。それを俺は適当なことを言って誤魔化そうとしている。シルヴァンが言っていたことは正しい。恋愛において逃げは最大の悪手。ズルズル引っ張るほど取り返しのつかないものになる。


「私のこと嫌いになった?」


「そんなことねぇよ!!」


 彼女が言い終わる前に出た本音。目の前のハルカを怒鳴りつけるように言い放った。


「あ、いやごめん。大きな声出して‥‥でもほんとだから。お前のことを嫌いになったことなんて一度もない」


「‥‥ほんとに?」


 あーくそ。マジ可愛いなぁもう!!!!


 心の中でありったけ叫ぶと、一度だけ大きく深呼吸を吐いた。


「悪い。ちょっと落ち着かせてた」


「ふふ」


「え?」


 すると彼女は両手で口を隠し、静かに笑っていた。いつぶりだろうか。間近で彼女が笑っている姿を見たのは。


「ごめん前言撤回!何も変わってないよ!ベレト」


 最初は小さな笑いがどんどん膨れ上がっていく。気がつけば彼女は瞳に雫を貯めながら笑っていた。


「なんだよお前、ほんと」


 そうだシルヴァン俺は本当にネチネチしてる。それはずっと昔から変わらない。


 13を過ぎたあたりだろうか。ハルカを1人の女性として意識し始めたのは。髪を掻き分ける仕草、飲み物を飲む仕草、困っている人を助け、差別をしない優しさ。近くで彼女を見ていくにつれて惹かれていた。


 そして士官学校に入学する16歳の年から俺は士官学校での彼女と理不尽に距離を取った。どんな話をすればいいのかわからない、緊張して恥ずかしい、2人で話しているのを他の奴に見られるのが嫌だ。そんな言い訳でしかない感情が俺を彼女から遠ざけていた。何より俺は自分の汚い欲を優先してシルヴァンとハルカを学校で会わせたくないと思ってしまったからだ。


 でも今日で終わりにしよう。どんな結果が待っていたとしても。


 彼女から歩み寄ってきてくれたんだ。俺が勇気を出さないでどうする。


 告白するんだ。今日、彼女に。


  


      

 



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