外伝・2 とある女騎士の最期②


「近年低ランクモンスターが魔王種へと変貌している話は聞いていましたが‥‥まさかこんな辺境の森でも起きているとは驚きですね」


 金色の長髪をなびかせ、転がるゴブゴブリンの死体を容赦なく踏み潰すその女性は見覚えのある紋章が刺繍ししゅうされたドレスを着こなしていた。


「アドラー帝国の国紋。貴方は‥‥いえ貴方様は?」


 ただの兵士ではない。騎士として多くの猛者達と対峙して培われた直感が瞬時にメリナリーゼを勘づかせた。


「様などと敬称するのはおやめください。私はアドラー王国所属の魔法師。むしろ敬語を使うべきは私の方でしょう。サーマ神聖国騎士メリナリーゼ・ハバマートさん」


 思えばこの時私はゴブリンキングによって殺されるべきだったのだ。後に騎士としての誉も、誇りも、女としての純潔もこの女によって汚されることはなかったというのに。

 

「‥‥何故私の名前を?」


「そう警戒しないでください。私はただ主人である女王陛下の命の下ここに馳せ参じただけなのですから。それに魔剣のメリナリーゼという異名は国境を超えて私共の耳に届いております。知らない方が無知というものでしょう」


「命令?」


 疑問をそのまま口にすると彼女は胸元から1枚の手紙らしきものを取り出した。


「サーマ神聖国近衛騎士メリナリーゼ・ハバマートがアドラー王国領に来訪らいほう。アズバン村のギルド冒険者数十名を引き連れてサテライト森林へ出向いたと情報局より連絡があったとのこと。近年あの辺りでは魔王種の魔物が発見されていますし森への侵入を中止させるために私が参ったというわけなのですが‥‥」


 情報収集を怠った自分の落ち度。まさかそんな災禍級の魔物がいるとも知らず、他の冒険者達を巻き添えにしてしまったことにメリナリーゼは強く失念を覚えた。


「失礼を承知でお尋ねしますが他に生存者は?」


「私1人だ。他の者は全員ゴブリン共によって無惨に殺された。クソ‥‥!!騎士としてありながらなんてザマだ!!」


 ドロテアに遭遇し全滅させられたのであれば自分の目の前で朽ちていった冒険者達も報われたはずだろう。ドロテアの顔も拝めずたまたま森に生息していた豚共のエサになるよりは確実に。


「貴方1人ですか、それはよかった」


「え?」


「アビランティエ」


 先ほどまで差し込んでいた太陽の光が森の木々や葉によって遮断された瞬間、アドラー王国魔法師はメリナリーザの傷を癒す究極回復魔法を行使した。


「全回復魔法!?やはり貴方様は——————」


「構えてください騎士メリナリーゼ。今のは善意ではありません。これから始める適正検査のための準備ですので」


 冒険者、そしてメリナリーゼが殺したゴブゴブリン達が膝をつき立ち上がる。その数は20体、問答もなくメリナリーゼに襲いかかった。


「ッ!?どういうつもりだ!!」


「安心してください。殺すつもりはありません。それにゴブリン20体程度で遅れをとる貴方ではないでしょう?」

 

 絶対絶命を救ってくれた女神に見えた彼女が今や邪悪な笑みを浮かべ蘇生したゴブリンと対峙する私を眺めている。その様子はまるで品定めしている商人のようだった。

 

「何がしたいんだッ!!貴様!!!」


 一国の騎士の称号を与えられている強者。統率とうそつの取れていないオークなど脅威にすらならない。まして今の彼女は傷も癒え体力も回復している。故に敗北はあり得ない。


 メリナリーゼは20体目の首を削ぎ落とすと、剣を構えてアドラー王国の魔法師に突進した。


「結構なお手前ですよ騎士メリナリーゼ。貴方を歓迎します」


「何故ゴブリン達が一体もお前に目を向けないのか、その理由は後でゆっくりと聞くとしよう。サーマ神聖国に連行した後でな!!」


 狙うは気絶。メリナリーゼは峰打ちによる脇腹を狙い剣を振るった。が、右手に握られた剣は彼女に届かず寸前で魔法によって防がれた。


「なッ!?」


「サンダーボルト」


 体制を崩し前傾姿勢になっていたメリナリーゼを襲ったのは鋭い雷の刃。胸から背中にかけて高速で貫通した。


「うがッッ!!」


「手間を取りたくないので一撃で仕留めさせていただきました。急所は避けていますのでご安心を」


 紙一重で心臓に穴は空いていない。彼女は瞬時に的確な魔法を詠唱し、最小限の魔力でメリナリーゼを仕留めて見せた。


「こんな芸当をやってのける人間など限られてくる。そうだろッ!!リーリエ・フォン・アドラー!!」


「敵国とはいえ一国の王女を呼び捨てですか。お行儀が悪いですね」


「何がしたい?何が望みだ!?」


 その時声を荒げる彼女の前に1人の騎士が森の茂みから現れた。男はリーリエと同じく帝国の紋章が刻まれた鎧を着ており、アドラー側の人間であることは明らかだった。


「萌々香。兵士を使ってあらかた捜索したがこの森にはもういないようだ。するとやはり‥‥」

 

「予測通り向かったのはアルフェン村。まったく京太くんったら相変わらず足が速いんだから。ふふふ」


「まだここにアイツが隠れている可能性もあるがどうする?」


「いいえ結構。追いかけましょう。それより」


 ドロテア‥‥その言葉が男の口から飛び出るとメリナリーゼは重い体を上げて食いかかった。

 

「ドロテアだと?お前らもドロテアを追っているのか?一体何が目的なんだ?何故そこまでして奴を探す?」


「それを貴方が言いますか騎士メリナリーゼ。貴方こそサーマの者に捕まえてこいと言われここにいるんでしょう?」


「‥‥‥」


 数秒間の無言。しかしそれは肯定を意味するのに十分。リーリエは僅かに頬を緩ませると森の深部に向かって歩き出した。


「サーマの誰が彼を欲しているのか知りませんし興味もありません。私が彼を追い続ける目的は愛です。邪な野望を持って動くゴミ達と清い夢を持つ私を一緒にしないでいただきたい」


 背を向けたまま手を挙げ合図を送ると、木々の影に隠れ控えていた兵士数名が倒れるメリナリーゼを支えた。


「な、なにをする———————あ」


 その時騎士メリナリーゼは理解した。サテライト森林に現れたゴブリンキング、数百年に一度現れる怪物が何故こんな辺境の地は現れたのか。


 それは決して偶然などではなかった。

 

 兵を引き連れ私から離れていくリーリエ王女。彼女はどんな顔をしているのだろうか。兵士に抑えられ身動きの取れない私に迫る蘇生したゴブリンキング。先ほどと様子が違うのは発情したオスの匂いを漂わせているからだろうか。下半身のソレを布で隠さず露出ささせている。


 昔、女に生まれた私が騎士になれるわけないと蔑まれた。


「女は子を産むための生き物だとか」


「男に力で勝てるわけないだとか」


 あの日から私は血が滲むほどの努力を重ねてこの地位を手に入れた。憧れの夢を叶えた。


 でも。

 

 それはこの日のためだったのだろうか。


 あぁ。

 

 男に生まれてたらよかったな。


 その瞬間、膜の破血が飛び散った。ゴブリンキングの抱擁に包まれながら。


 

 

 

 

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