第20話
「ねえ、アルカはどれがいい?」
・・・ふう、逃げるか。よし、そうだな。まず、いまだ薬屋から出てこないフィリルを拉致って屋敷まで飛ぶ。その後両親に書置きを残して一足先に領地に帰らせてもらおう。そうすれば彼女はアルニカーントという居もしない子供を探すだけで俺に辿りつくことはないはずだ。
「どれでも大丈夫だよ。この私、リルカ・ゲルマリオンの名において約束する」
「ゲルマリオン・・・失礼ですが貴方様はもしやあの公爵家の・・・」
「ん?そうだよ。気づいてなかったの?」
魔法学院に通うときにはバレるかもしれないが入学するのは今から7年後だ。さすがにその時にはこんな奴忘れているだろうし、仮に覚えていても分かる訳がない。
「なっ・・・、失礼しました。リルカ様。公爵家の方とは知らず無礼な振る舞いを」
「気にしなくていいよ。ただの子爵家の次男ならともかくあなたは『勇者』だからね。王族にすら対等な立場が許されてるんだから公爵家の私にもそんな畏まらなくていいよ」
よし、完璧な作戦だな。いますぐ実行に取り掛かろう。
「それよりも、アルカ。きいて・・・」
「ごめんね!もう時間ないから行・・・うわっ!」
「リルカ様!ご無事です・・・おっと。君、大丈夫か?」
身体強化をかけて薬屋まで走り出した瞬間に突然出てきた騎士にぶつかってしまう。
「ええ、すいません不注意で。じゃ僕はこれで」
「おお、そうか。気を付けてな」
くっ、出鼻を挫かれたが早く逃げねば。ひとまず薬屋までダッシュする。
「フィリル!ちょっとまずいことになったから逃げるよ!」
「え?いやアルカなんですかそ・・・ちょっとそんなに引きずらないで」
何か興味深い薬を見ていたようだがそれに付き合っていては捕まってしまうので当初の予定通り拉致って行く。
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ザイード・リトラSIDE
「じゃ、僕はこれで」
そういってアルカが突如とんでもない勢いで突き当りの薬屋に去っていく。
「あ、待って!・・・ミハイル!その子を捕まえて!恩人だから丁重にね!」
「・・・?どういうことですかリルカお嬢様。恩人とはザイード様のことでは・・・」
なにやら彼女のお付きの騎士が勘違いしているようなので訂正しておく。
「いや、彼女を助けたのは俺ではない。先ほど去って行った者だ」
「なんだって・・・そんなはずは・・・」
俺がそう言うと彼は急に考え込んでしまう。だがそんなこと意に介した様子もなくリルカ様がもう一度ミハイルと言うらしい騎士に命令する。
「ミハイル!聞いてた?さっきの子を捕まえるのよ」
「・・・はっ。申し訳ございませんリルカ様、少々考え込んでしまって。それで先ほどの少年をですね。畏まりました」
そう言ってアルカを追って行く彼。・・・にしてもアルカは何であんなにも急いでいたんだ?それに自分のことを知られたくなさそうだったし・・・。
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アルカSIDE
「いいから!まずここから出たら屋敷まで一気に飛ぶよ!」
「え?でも街中での飛行魔法は原則・・・」
「そんなもん伯爵家の力で揉み消せばいい!そんなことで躊躇ってたら面倒な用件で最低でも数週間は王都に拘束されるよ!それに多分捕まったらフィリルだって巻き込まれて断り切れない数の招待状が届くはずだ!というかそうなったら俺が積極的に巻き込む!」
ああ、そうだ。リルカ・ゲルマリオンというキャラクターは昨日の王子と違って自分が持つ権力や影響力をある程度理解していて、それでもなおそれを自らの望むものの実現の為に使うタイプだ。少なくともゲーム本編だとそうだった。ストーリーだとその権力には主人公一行がお世話になったが今回はそれが牙を向く。
・・・いやまあ向こうに悪気はないんだろうけどさ。お礼って言ってたし。実際公爵令嬢に茶会に誘われるなど栄誉なことだろう。問題は俺がそれを望むような人間じゃないということだが。まあそれだけなら俺もここまで全力で逃げたりはしない・・・かなあ?やっぱり普通にこれぐらい必死になって逃げるかも。ちょっと自信ないや。・・・ともかく問題はあの暴漢から見つけたものの存在だ。どういう理由であれがあるのかは俺には分からないがとんでもない厄ネタだということはなんとなく感じる。なのでやっぱり逃げ一択だ。
「分かりました。全力で行くので置いていかれないでくださいね」
さすがはフィリル。やはり彼女は俺の師匠だ。感性が俺に似ているだけあって話も早い。
「じゃ、飛ぶ・・・うわっ!」
「すまないな、少年。お嬢様の命令だ。大人しくついてきてくれないか?」
店の外に出るとそこには先ほどぶつかってしまった騎士が待ち構えていた。こうなると逃げ切るのは難しいぞ。飛行魔法は発動にタメがいる上に初速が遅い__まあフィリルならそんな弱点などとっくに克服しているのだが__。それでは飛び上がった瞬間に捕まってしまう。ひとまずは会話しながら隙を作り、その後全力の身体強化によるダッシュで距離を離した後に飛行魔法で飛び上がろう。ひとまずフィリルには彼の視界に入らない店内でまだ待っていてもらう。
実力行使も考えたがそれをすれば完全に犯罪者だ。それも公爵令嬢の護衛への攻撃なんて家の権力では誤魔化せないほどの重罪である。さすがにそれをするぐらいなら普通に捕まって面倒ごとを我慢する方がましだろう。
「すいません、今は忙しいので後でいいですか・・・?」
さて、できれば言葉で説得できればいいんだがな。だって彼、さっきの暴漢ぐらい強そうだし。
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