第9話
「ああ、やっとついた・・・」
バーナード領から馬車に揺られること二日間。
俺たちは王都にある貴族街に建てられた別荘に到着した。
この二日間はまさにこの世の地獄と言っていいほどに辛かった。
少し言葉遣いを間違えただけで厳しく叱責され、テーブルマナーを間違えたときには冷ややかな冷笑が飛んできた。
子供にこれほど厳しい作法を求められるのかと聞いたがなんでも俺の評判は伯爵家の跡取りの癖に半年間も社交の場に姿を現さない問題児として最悪に近いらしい、その為少しでも付け入る隙を見せないために厳しくしていると言われた。
正直俺自体の評判はこんなことをするくらいならどうでもいいのだが俺だけではなく家の評判まで落ちてしまう。さすがに家に迷惑をかけるわけにはいかないため逃げるに逃げ出せなかった。
とにかく礼儀作法を叩き込まれ、昼休憩と夜に道中にある町に泊まったときにしたフィリルとの模擬戦だけが心休まる時だった。
「王子の誕生会っていつからだったっけ」
「えーと、今日から二日後だな」
「じゃあさ!ちょっと王都散策してきていい?」
とにかく精神的に疲れたので一刻も早く礼儀作法なんて忘れて遊びたかった。
「そうだな。アルカも王都は初めてだろうしいい・・・」
「ダメよ。まだあなたのマナーは完璧じゃないんだから。この二日間馬車では教えられなかったこともミッチリと教育してあげるわ」
おい!今父さんが許可出してくれそうだったろ!
「しかし可哀そうではないか?折角初めての王都なんだし今日くらい・・・」
父さん!信じててたよ俺は。
「あら、そうかしら。散策する時間ならパーティが終わった後にいくらでも取れるでしょう?仕事にはまだまだ余裕がありますし観光まで滞在する時間はあるのだから」
「う、うむ。まあそれも一理あるな・・・」
父さん?待って。もう少し粘ろう?
「さ、早く入りなさい。マナーの授業を再開するわよ」
「・・・フィリルぅ」
頼む助けてくれ。
「アルカ。申し訳ないのですが私に止める権利はないので・・・」
「ああ、アルカの目からこの二日の旅でも見なかったほどに生気が・・・」
父さん、そう思うなら助けてくれよ。
そう思いながら母さんに引きずられて二日間礼儀作法を学ばされるのだった。
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「そろそろ時間ね。行くわよ」
「ああ、そうだな。フィリル子爵はここに残るのでいいのかな?」
「ええ、一応招待状は届いていましたけど出席義務もないしなにより好きじゃないので」
「じゃ、いってらっしゃい二人とも。フィリルと一緒に待ってるから」
「何言ってるのアルカ。ふざけてないで行くわよ」
「あ、ちょっと待って。引きずらないで!痛い痛い!腕が痛い!ちゃんと行くから!」
ちょっとした冗談じゃんか・・・。まあ、許してくれるなら絶対に行かなかったが。
「バーナード伯爵様でよろしいですか」
「ああ、王城までよろしく頼む」
門の前にはすでに王族の遣いが馬車を連れて待っていた。
なんでも出席者はこの馬車で送迎してくれるらしい。
正直自前の方がよかった・・・。せめて会場まではリラックスしていたかったし、なんなら顔見せという用事が終わったらすぐに帰りたかったのだがこれではそうもいかない。
両親は慣れているせいか割と気を抜いているがそれでも関係者しかいなかった王都までの道中の馬車と違いくつろいでいる様子はない。
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「到着致しました。お帰りの際は係の者に言付けください。それではごゆっくり」
それだけ言って御者の人は去っていった。
「あーあ、着いちゃった」
「ほら、いい加減覚悟を決めなさい」
「もう会場に入るぞ。準備は大丈夫かアルカ?」
うー、ちょっと緊張してきたな。なんだかんだ両親もそれを見抜いてか気遣ってくれているようだ。
段取りとしては王子が登場するまでは親にくっついてにこにこしながら一言二言しゃべるだけでいい。
王子が登場してからは貴族が階級順に挨拶に行くのでそれについていく。
「で、挨拶が終わったら帰宅していい?さっきの御者の人いわく言えば馬車出してくれるんでしょ」
「ダメに決まってるでしょ。せめて同年代の子と数人とは仲良くなってきなさい」
「仲良くってアバウトだなあ・・・。それに僕同年代の子と話したことないからどうすればいいのか分かんないよ」
これは前世の記憶含めてのことだ。俺が覚えている前世の記憶は非常に断片的でありその中に幼児との会話の仕方は含まれていない。
「そういえばそうだったな・・・。二歳辺りから普通に大人のように喋れたから気にしていなかったがアルカには同年代の友達なんていなかったしなあ」
というか今世の友人ってフィリルくらいかもしれない。なにせそもそも人と関わる機会が少なすぎるのだ。
外出許可が出るまで館の外に出たことがなかったから街の人との交流もなかったし館にいるのも家族以外は使用人と騎士くらいで友人ではないと思う。
討伐に出かけるときも人里離れた場所ばかりだったから碌に人との交流もなかったし。
「まあ噂のこともあるから興味本位で話かけてくるよう親に言われる子もいると思うからそうやって話しかけられた子と会話していればいいわ」
「ん、分かった。で話終わったら帰っていい?」
なるほど話かけてきた子をてきとーにあしらってやればいいわけね。
「それを許したらあなた碌に会話せずに帰るでしょう。ふざけてないで行くわよ」
「もう緊張は解けたようだな。じゃあ入るぞ」
あえてふざけてたことはやっぱりバレてたか。それでも付き合ってくれたのは優しさなんだろう。
しかし両親は俺の緊張の原因を同年代と仲良くできるかどうかとかほほえましい悩みだと思っているのだろう。
違うんだけどな。俺がこんなにも緊張しているのはゲームの登場キャラがいるからなんだよ。
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