第8話 フィリルの回想

私がアルカと出会ったのは今から5年前。


当時の私は退屈していた。


数十年前、ひたすら同じことを繰り返すだけだった森での生活に飽き、この王国に飛び出したときは良かった。


魔物の軍勢やそれを退けたことによる授爵。森では考えられなかった変化の連続で常にわくわくしていたものだ。


与えられた名誉子爵の座もあくまで階級の高いだけの庶民のようなもの。


有事の際に戦力となること、そして王国に敵対しないことを条件に普段は煩わしい政務などをせずに自分の好きなことをしているだけでお金が貰える。


そういえばアルカにこのことを言ったらとてつもなく羨ましがられましたね。あの時はつい笑ってしまったものです。伯爵家の次期当主と一代限りの名誉子爵。普通どちらになりたいかを聞かれたら100人中100人が前者を選ぶでしょう。


やはりあの子と私はこういうところでも似ているのでしょうね。


まあ、それはさておき。数十年も一人で魔法の研究をしていたのですがさすがに行き止まりに当たってしまいました。知り合いを呼んで刺激を得ようとも思いましたが私には名誉子爵になったときの知り合いしかいないため皆鬼籍に入っているか、要職について碌な休みも取れないほど忙しいものしかいませんでした。


惰性で研究や鍛錬は続けていましたがあの頃の私は完全に腐っていました。


昔の情熱もなによりの原動力だった好奇心も無くしてただ日々を無為に過ごすばかり。


しかしこのままではいけないと思い、知り合いを増やすために久しぶりに社交の場に赴いてもみましたが集まるのはエルフの美貌を持つ未婚の女に釣られ鼻を伸ばした下卑た輩か教えを乞うばかりで向上心の欠片もない者たち。


「結局当時となにも変わっていませんでしたねあの場所は」


落胆して帰る結果となり私は自棄になっていました。


「もういっそ弟子でもとって私が研究仲間として育てましょうかね」


人との交流が好きではない私がこのようなことを考えるくらいは。


そう思い有望な人材がいないものかと伝手を頼りに調べて見つかったのがこのハイネ王国で100年振りに光属性の適正を持って生まれた勇者の再来ともいわれる赤子。リトラ子爵家の次男ザイード・リトラ。


「この子で決まりですかね・・・。」


さすがに赤子の内から教えるなんてことになると色々と柵ができて面倒なので魔法学院の入学までは待った方がいいだろう。


それでも十数年は暇だが終わりが見えれば楽になる。


ただどうせ暇なのだから人材探しは続けていたのだがそこで私は彼を知る。


「・・・おや、彼女が来ましたか。いつもは情報だけよこすのに自ら来るなんて珍しい」


魔導院で働いている知り合いからある噂を聞かされた。まあ噂と言っても情報管理の為の建て前であって恐らく実際に調査して分かった事実を言ったのだろうけど。


その噂とはバーナード家にとんでもない子供が産まれたとのこと。なんでも闇や光を含めた全属性の適正を持っているとのこと。


バーナード家は代々優秀な闇魔法使いを輩出しており現当主のシェリフ・バーナードも歴史上を見ても上から数えた方が早いほど優秀だと聞く。


そういった家柄もあって闇属性に適正を持っていることの驚きは少なかった。(希少性は光属性と同等だが)


しかし全属性に適正を持つ者なんて古郷の森の長老しか見たことがない。


それだけでも信じがたいことだが更にその赤子が魔法を使った反応まで検知したという。


正直この話を持ってきたのが古くからの知り合いである彼女でなければ一笑に付していたことだろう。


「アルカ・バーナード・・・。確かめに行きましょうか」



その後彼に会いに行き話は本当であると確信した。


その小さな体躯に見合わぬ膨大な魔力。


そして恐ろしいことに無意識に魔法を使用している。


「お願いします。私にこの子の教師をさせて下さい」


それを確認した瞬間に私はこの子を自分の生徒にすると決めた。


幸い過去に築いた名誉のおかげでこちらの提案は向こうから喜んで受け入れてくれた。


そこからは驚きの連続だった。


アルカは一歳になるころには身体強化を駆使して館を歩き周り、二歳になるころにはこの国の言語を理解して大人と遜色ないほどに使いこなし、三歳のころには多数の属性を扱えるようになり、四歳になれば全属性をマスターした。


そしてとうとう五歳の時、厳しい条件の中上位個体率いるゴブリンの集落を討滅してみせた。上位個体が率いる集落の討滅など魔物の種類に関係なく達成しただけで実力者の証となる。


「彼の成長速度は異常です」


それはいつか自らの雇い主であり彼の両親に言った言葉。


その異常な成長速度を支えるのは彼の生まれ持った才能だけでなく高い向上心もあるだろう。


現に彼は一度も魔法や武術の稽古を欠かしたことはなく、魔物の討伐数も並大抵のものでは一生をかけても到達できない領域に達している。


その上現状に満足することもなく自ら遠征に赴いてまで魔物を討伐しようとしている。まあ、案の定説得は失敗し(一応許可は貰えたようだからある意味では成功ですかね?)、社交界へと飛び込むことになったようですが。


今も王都へと向かう馬車の中で据わった目をしながら礼儀作法の確認をしています。


「アルカ様、違います。そこは左から取るのではなく右からです」


「・・・そうか」


普段はご母堂に似て表情豊かな彼ですが今は表情がピクリともしません。


これは大分鬱憤がたまってますね。



「フィリル、模擬戦しよう。制限なしで」


「・・・いいですよ。生徒のストレス解消に付き合うのも教師の役目です」


途中で馬車を止め休憩に入るや否やアルカが鬱憤を晴らさんと戦いを挑んでくる。



「くっ、全然ダメだった」


結果は私の圧勝に終わりましたが惜しい場面も多々ありました。


私は半年前、彼にその成長スピードを鑑みて自分を越えるには10年はいると言いましたがこれは訂正せざるを得ないですね。


それに彼は勝てなかったことに悔しがっていますが仮にもこの国で最高峰の魔法使いである私と勝負ができていることをもっと誇りに思って欲しいものです。


あまりにストイックすぎて心配になってしまいますから。


あとこれは個人的なわがままですがアルカには社交なんてものに時間を費やすぐらいなら私との研究に使ってほしいものです。


もちろんアルカには伯爵家の次期当主という立場があるのは分かっていますが。


ただ、それでも何十年も経って後進に道を譲るとなった時にはぜひ私に時間を割いてもらいたい。なにせ互いに寿命の心配は無いわけですし。


それまで私はあなたの傍でずっと待っていますから。


ねえ、アルカ。




_____________________________________



この世界には二種類の長命の者がいます。一つがエルフなど種族そのものが長命の者。もう一つが魔物などを倒して生命力が強化された者。まあ魔物を倒せば倒すほど生物として強化され、それに伴って寿命も延びるのだと考えてください。

ちなみにさっき思いついた設定なのでいつか変わることがあるかもしれません。のであしからず。




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