第15話 罪悪感

 ふわっと湯気が香る。


 目の前で、しとやかな美女が、上品にすすった。


「美味しいわね、ここの紅茶」


「はい、良かったです。がんばって、セレクトしました……志津子さんのために」


「もう、元則もとのりくんってば……嬉しい♡」


 志津子しづこさん、本当に可愛いなぁ。


 チョロいというよりも、素直で愛らしい。


 ちゃんと年上の女性らしい魅力を放ちつつも、その中に少女のような可憐さ、あどけなさがあって。


 やっぱり、王道だな。


 けど、玉枝さんも悪くない、むしろ別の意味で最高で……って。


 デート中に、他の女のことを考えるなんて、最低だろ。


「元則くん、どうかしたの?」


「えっ? あ、すみません、何でもないです」


「体調が悪かったら、無理しないでね?」


「いえ、志津子さんとのデートなら、高熱が出ても来ます」


「もう、そんなのダメなんだからね?」


 上品に微笑む志津子さんは、年上の女性ひとだけど、やはりとても愛らしかった。




      ◇




「も、元則ぃ~」


 教室にて、自分の机でボケッと、先日の志津子さんとのデートの思い出にふけっていたら、


「何だよ、優太。情けない声を出して、どうした?」


「あの、実は今日、また来栖さんのお家に呼ばれて……」


「へえ、良かったじゃん」


「そう、なんだけど……やっぱり、まだ2人で話すのは緊張するから」


「から?」


「元則もついて来て?」


「いや、でも……来栖さんが嫌がるだろ?」


「大丈夫、もう了解は取っているから」


「あっそ……」


 俺はポリポリと頬をかく。


 てか、彩香の家に行けば、志津子さんに会えるか。


 でも、もう個人的に会える仲な訳だから、わざわざ……


 いや、でもやっぱり、いろんな志津子さんの顔が見たいし。


「分かったよ」


「本当に? ありがとう」


「その代わり、ちゃんと来栖さんと仲良く話せよ?」


「う、うん、がんばる」


 まことに頼りないけど……


 まあ、主人公補正があるから大丈夫だろう。




      ◇




 そして、放課後。


「いやぁ~、何かお2人のお邪魔をするみたいで、申し訳ないね~」


 俺は親友キャラよろしく、お調子者っぽく言ってみせる。


「そんな気にしないでちょうだい。小林くんの大切なお友達だものね」


 彩香はヒロインらしく、にこっと微笑んで言う。


 でも、内心ではちょっと、舌打ちしているかもな。


 テンプレの王道清楚系って、割と腹黒が多かったりするし。


 まあ、俺には関係ないけどね(笑)


 とか言っている内に、来栖家にたどり着いた。


「どうぞ」


「「お邪魔しまーす」」


 俺と優太が中に入ると……


「彩香、誰かお客さん……あっ」


 志津子さんの目が丸くなって、俺を捉える。


 ニコッと、口元で微笑んで見せると、彼女も少しぎこちなく、微笑んだ。


「お母さん、この前も来てくれた、小林くんと須郷くんよ」


「ええ、いらっしゃい。お茶とお菓子があるけど、いる?」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 と彩香と優太が言って、リビングに入って行く。


 俺は少し遅れてから、


「志津子さん、お手伝いしますよ?」


「うん、ありがとう」


 俺は彼女とともにリビングに入り、それからキッチンにてお茶とお菓子を用意する。


 短い時間だけど、志津子さんと2人でキッチンに立っていると、何だかドキドキしてしまう。


 ちくしょう、何だかんだ、まだ童貞野郎だな。


 ていうか、結局また、ずっと童貞かも。


 だって、いくら旦那さんが相手してくれないからって、人妻な訳だし。


 相手が俺に好意あるっぽくても……ねぇ?


「あ、そうだ、いけない」


「志津子さん、どうしました?」


「今日、これからお客さんというか、業者さんが来るのよ」


「そうなんですか? すみません、タイミングが悪くて」


「いえ、平気よ。みんなはゆっくりしていて?」


「はい。でも……志津子さんとゆっくり出来ないの、さみしいです」


「も、もう、この子は……バカ」


 志津子さんはすっかり頬を赤らめてしまう。


 しっとりポニテもふりふりと揺れて。


 すごく可愛いけど、すごく罪悪感だ……


 ピンポーン。


 その時、チャイムが鳴る。


「あ、来たみたいね」


 志津子さんはインターホンにて、相手とやりとりする。


「彩香、ごめん。ちょっと、業者さんが来るから」


「ああ、うん。私たち、ここにいても大丈夫?」


「ええ、ちょっとキッチン周りを見てもらうだけだから」


「うん、分かった」


 頷いて、彩香はふたたび、優太と楽しそうに話し始める。


「ちょっと、ごめんね」


「はい」


 志津子さんは、玄関へと向かう。


 そっか、志津子さんとトーク出来ないのかぁ。


 まあ、今日は優太のフォローが仕事だし、そろそろあの若人わこうどたちに混じって……


「――あれ、ノリ坊?」


 その声に、半ばボケッとしていた脳みそが、一気に目覚める。


 おもむろに振り向くと、そこには見知った女性ひとがいた。


「た、玉枝たまえ……さん?」







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