第8話 良くも悪くもクソ過ぎる……

 前世の俺の土日は、いつもぽっかり空いていた。


 ただ、平日の会社勤めの疲れを取るために与えられたような。


 そんな虚無的な義務感に苛まれる、しょうもない休日だった。


 けれども、そんな俺が、今は――


「――あっ、元則くん」


 ロクに恋愛経験のない俺だけど、男として最低限のマナーは心得ているつもりだ。


 デートの際は、女性よりも先に待ち合わせ場所に行く。


 ましてや、相手は理想のステキな熟女さん。


 だから、余裕をもって30分前には到着したのに……


「……すみません、志津子さん。お待たせしてしまって」


「ううん、良いの。私が勝手に早く来ただけだから」


「ちなみに、何時ころに着きましたか?」


「えっとね、9時」


「って、待ち合わせの1時間前じゃないですか」


「うん、だって……元則くんとのデートが楽しみで」


 俺よりもずっと年上の女性(精神的にも、一回りくらい上)の女性が、そんな風に照れたように言うものだから。


 とりあえず、クソ可愛すぎる。


 クソなんて、下品な言葉をつけて申し訳ないけど。


「あ、ありがとうございます。俺も昨日の夜はなかなか寝付けませんでした」


 だから、シ◯っていました。


「まあ、そうなの? うふふ、嬉しいわ……って、言って良いのかしらね? 大丈夫? 眠くて辛くない?」


「大丈夫です、もうギンギンですから」


「へっ?」


「あっ……ビンビンですから」


 いや、この短時間で2回も事故ったし。


 ビンビンもギンギンもあかんやろ!(思わず関西弁


「……嬉しい」


 いやいや、志津子さん。


 そのリアクションもおかしいから……


 まあ、死ぬほど可愛いけど。


 お互いすっかり、照れまくって、まともに視線を交わすことも覚束ない。


「あっ……今日の服……一段と素敵ですね」


「本当に? 良い歳したおばさんが、張り切りすぎちゃった」


 ぺろっ。


 ぐはっ。


 何だ、この可愛さの暴力は。


 新手の殺戮手段だぞ、これは……


 今の時点で、鼻血も吐血もしていないことが不思議なくらいだ。


「……い、行きましょうか」


「ええ」


 俺と志津子さんは並んで歩き出す。


 ちらと目に映る、その白く滑らかそうな手を握りたい。


 けど、さすがにそれは恥ずかしいし、まだ罪悪感が拭いきれないから。


 とにかく、志津子さんに負担をかけないように、彼女に歩調を合わせた。




      ◇




 街ブラをしている内に、ランチタイムとなった。


「元則くん、どのお店に行く?」


「実はもう、決めてあります」


「まあ、そうなの?」


「来て下さい」


 頼もしい雰囲気を醸し出しつつも、内心ではドキドキしていた。


 女々しいことこの上ないけど。


 そしてやって来たのは……


「洋食屋さん?」


「はい、ここのハンバーグが美味しいらしくて」


「好きなの? ハンバーグ?」


「えっと……」


 その時、俺はついつい、志津子さんの胸元に目が行く。


 特段、胸を強調する服じゃないのに。


 やはり、隠し切れないこの富士山。


 クソ、俺だけのモノなのに(予定)、すれ違う野郎どもが鼻の下を伸ばして見て来やがる。


 いや、落ち着け。


 そもそも、志津子さんは人妻だから。


 俺だけのモノなんて、おこがましいか。


 ああ、でもこの特大のハンバーグを、俺はいただきたい……


「元則くん?」


「ハッ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい」


「うふ、そんな謝らなくても良いのよ? 私だって、ちょっとボーっとすることくらいあるし。やっぱり、寝不足のせいかしら?」


「いや、はは……」


 すみません、マジでギンギンでビンビンなのに、ボーっとしちゃう不思議現象です。


 ダメだ、ダメだ。


 このドスケベ・マウント・フジばかり拝んでいる場合じゃない。


 志津子さんの、超美人で、超可愛いご尊顔を見つめるんだ。


 そうじゃないと、失礼に当たる。


「も、元則くん……? やだ、そんな見つめられたら、恥ずかしいわ」


「……ごめんなさい」


 クソ、本当に童貞クソ野郎だな、俺は。


 ロクに加減も出来ず、志津子さんを困らせてばかりで……


「じゃあ、入りましょうか?」


 志津子さんが、そっと俺の服の袖を掴んで言う。


 ひどくドキッとした。


 だから、この童貞が!


「は、入りましょう」


 こうして、クソださ童貞とクソかわ熟女のランチタイムが始まる。




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