第5話 美熟女

 小さい頃、母親とスーパーに行くのは楽しかった。


 欲しい物はなかなか買ってもらえないけど。


 そこにはエンタメ世界が広がっていた。


 けど、年齢を重ねるごとに、退屈で。


 手伝いなんて、ダルくて。


 おっさんになると、束の間の憩いの場のようでいて、ふとした時に現実に引き戻される。


 とにかく、そんな世知辛い場所となっていた。


 しかし、今は……


「う~ん、迷っちゃうわね。値段を取るか、量を取るか……」


 美熟女が、俺のすぐそばで、真剣にスーパーのお肉を見つめている。


「……よし、決めた。今回は、量も質も取っちゃうわ」


「えっ、良いんですか? それ、だいぶ値が張りますけど……」


「良いのよ。だって、食べ盛りの若い男の子がいる訳だし……おばさん、張り切っちゃうわ」


 ……かわいっ。


「って、ごめんなさい。ついつい、ハシャいじゃって。若い男の子と話すのが久しぶりだからって……」


「い、いえ、お気になさらず……すごく、チャーミングですし」


「へっ?」


 って、俺のバカ!


 うっかり口を滑らせやがってぇ!


「も、もう。元則くんは、おマセさんなのね」


「そ、その言い方はやめて下さいよ」


「うふふ、ごめんなさい♪」


 志津子さんは、楽しそうに微笑む。


 よし、感触は悪くないぞ。


 そもそも、彼女の方から俺のことを誘って来た訳だし。


 このまま行けば、めるくめく熟女ルートに……


 いやいや、落ち着け。


 熟女好きは、あくまでも紳士に。


 そもそも、相手は旦那がいる人妻なんだから。


 いくらゲーム世界とはいえ……いや、だからこそ。


 事は慎重に運ばなければ……


「ふぅ、どっさり買っちゃったわ」


「すみません、こんなに」


「うふふ、良いのよ」


 その後、車に買い物袋を積んで、再び来栖家に舞い戻る。


「ただいま~」


「お母さん、おかえりなさい……って、須郷くん?」


「や、やあ。またお邪魔します」


「今ね、元則くんにお買い物の手伝いをしてもらっちゃって」


「そうだったの」


「で、お礼に今晩はうちで晩ごはんを食べてもらおうと思うのだけど……良いかしら? もちろん、小林くんも一緒に」


「ぼ、僕も良いんですか?」


「ええ、もちろん」


「そうね……久しぶりに、賑やかな食卓になりそうね」


 彩香は微笑む。


 テンプレヒロインだけど、さすがの美少女スマイルだぜ。


 テンプレ主人公の優太が見惚れている。


「じゃあ、すぐに支度するから。みんなは、テレビでも見てくつろいでいて」


「あ、志津子さん。俺、手伝いますよ」


「え、良いの?」


「はい。一応、少しは料理をしたことがあるので」


「まあ、頼もしいわ」


「えへへ、そんな」


 と、俺が美熟女にデレていると、


「2人とも……何かこの短時間で、一気に仲良しになったのね?」


 彩香が少しうろんな瞳を向けて来る。


 俺はギクッとしつつ、


「ま、まあ、色々とな」


「しかも、お母さんのこと、名前で呼んでいるし」


「彩香が教えてくれたのよね?」


「へっ? 私そんなお母さんの名前を教えたっけ……」


「し、志津子さん! 俺、もうお腹がペコペコなので、早く作りましょう!」


「まあ、元気いっぱいね。ええ、すぐに作りましょう」


 笑顔の志津子さんを見て、俺はホッとする。


 彩香はまだ怪しむような顔をしているけど……


「ね、ねえ、来栖さん。僕、さっきの問題で、まだ分からないところがあって……」


「そうなの? じゃあ、もう少しお勉強する?」


「ご、ごめんね。本当はくつろぎたいでしょ?」


「ううん、大丈夫」


「よ、良かった」


 と、テンプレ主人公とテンプレヒロインがいちゃついてくれるおかげで、お茶を濁せた。


 そして、俺は……


「こんな感じっすか?」


「まあ、元則くん、上手ぅ♪」


「あざす」


「将来きっと、良い旦那さんになるわ」


「そ、そうっすかね~?」


「ええ。一緒に料理をしてくれる旦那なんて、素敵だから……」


 そう言う志津子さんの瞳は、どこか寂しそうだ。


「志津子さん、大丈夫ですか?」


「あっ……ご、ごめんなさい。じゃあ、私はスープを作るから」


「はい、野菜切りは俺に任せて下さい」


「うふふ、本当に頼もしいわ」


 美熟女スマイル、ごちそうさまです。




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