31湯目 快速伝説の始まり

 こうして、のどかちゃんは無事に卒検に合格し、普通二輪免許を取得した。


 彼女の誕生日は、7月10日と、2か月も前だったが、ようやく免許を取得したのだ。


 ただ、こうした遅れから、さすがに合格するまで、バイクの購入に動き出さなかった彼女が、実際に店で注文して、そのバイクが店で整備されて、彼女の手元に来るまでは時間がかかってしまった。


 2週間以上経ち。

 つまり、季節はすでに秋、10月に入った頃。


「皆さん。今日は、わたくしのバイクをお見せ致します」

 いつになく、お嬢様のような口調で、満面の笑みを浮かべ、彼女が放課後の部室に入ってきた。


 その表情は普段以上に明るく、恐らく朝から見せたくてたまらなかったのだろう。

 私は、元々、彼女がスクーターに乗ると言っていたから、正直、あまり期待はしていなかったのだが、実際に部員を連れて、放課後の駐輪場に見に行くことにした。


 しかも彼女は、白いフルフェイスヘルメットを持参してきていた。別にスクーターに乗るのにフルフェイスがダメなわけではないが、やたらと気合いが入っているように思える。


 駐輪場に着いてみると、

「SYM X-PRO100ですわ」

 彼女が紹介してくれたのは、銀色のスクーター。

 一応、SYMというのは台湾のメーカーなのだが、正直言うと、街中でよく見かける、ホンダのディオやスズキのアドレスに似ているというか、大差がないような外見をしている。

 言い方は悪いが「どこにでもあるスクーター」にすら見える。


 小型のスクーターで、排気量は101cc。車重が88キロしかないという。

「燃費は?」

 花音ちゃんが興味深そうに尋ねる。


「リッターで65キロです」

「65キロ! すごいね」

 私が一番、驚いた。スクーターの燃費はすごいと聞くが、ここまでとは思わなかったからだ。通常、中型バイクの燃費なんて、リッターあたり20~30キロがいいところだ。


「タンク容量が5.9リットル、つまり約6リットルですので、計算上は400キロ近く無給油で走れることになります」

 すごい。スクーターがこんなに便利な乗り物で、経済的に優れているとは思わなかった。

 だからこそ、通勤に使われるのだろう。


 そして、その日は、近場の昭和町にある、日帰り温泉施設に、そのまま帰宅前にみんなで行くことになった。


 その時のことだ。


―ビィイイイイーーン!―


 軽快な、というよりいかにもスクーターらしい音を鳴らしながら、のどかちゃんのスクーター、SYM X-PRO100があっという間に、「抜いて」行くのだ。


 スクーターのメリットは、何と言ってもその「軽さ」にある。

 バイクにとって、「軽さが正義」になることが多々あるのだ。


 つまり、いかにも速そうな大型バイクであっても、車重が極端に軽く、小回りが利いて軽快に動き回る小型スクーターの前には遅れを取ることがあるのだ。


 これは、格闘技で言えば、巨漢の大男が、すばしっこい小男に負けるようなものだろう。


 実際、加速性能で言えば、スクーターの加速は侮れず、試しに信号機が青になった瞬間、みんなで一斉に加速してみたら、途中までだが、見事にスクーターが1位になっていた。


 ただし、その1位になっている時間で言えば短く、もちろん総合力では後から加速してきた中型バイクにはかなわず、途中で抜かれるのだが。


 それでもスタートダッシュの速さは、驚くべきものがった。


 おまけに、スクーターは、通常のバイクとは違い、ニーグリップも必要ないし、そもそもズボンで乗る必要もない。


 またがる必要がなく、足を置くだけだから、それこそスカートでも乗れる。

 その意味では、どちらかというと、運転技術が心もとない、のどかちゃんには最適の選択肢だった。


「速いな」

「ウチ、なんか無性に悔しいっす」

 到着した日帰り温泉の駐車場で、後輩二人が唸るように呟き、のどかちゃんに羨望の眼差しを送っていた。


(まさに通勤快速だね)

 私は、かつてとあるバイクメーカーが、そのメーカーが発売している、あるスクーターに「通勤快速」というキャッチフレーズをつけて、売り出していたことを思い出していた。


 つまり、スクーターは、ある意味では「通勤快速」なのだ。

 電車で言うなら、私たち3人のバイクは、特急かもしれないし、スペックで言えば明らかに小型スクーターには負けていない。


 だが、短い距離やスタートダッシュの性能なら、スクーターの方が上なのだ。だからこそ日常的に通勤に使用する場合、中型や大型バイクなど及ばないような、快適さを見せるし、実際に速いのだ。おまけに壊れにくいし、値段も安い。

 庶民には良心的なバイクと言える。


 バイクというのは、一概に言えない部分がある。


 こうして、のどかちゃんの「快速伝説」が始まるのだった。

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