29湯目 タンデムをして見えるもの
早速、その日の放課後から、私はのどかちゃんを後ろに乗せることになった。
その間、美来ちゃんと、花音ちゃんは、部室でバイク談義に花を咲かせる始末。つまり、完全放置だ。
(いい加減だな)
と思いつつも、これも後輩のためだ。
仕方がないから、私はのどかちゃんを後ろに乗せて、軽く学校の周辺を走ることにした。
と言っても、ここ山梨県甲州市周辺で、気持ちよく走れる道は、信号機の少ない、フルーツラインくらいしかないのだが。
そのフルーツラインを流して、牛奥みはらしの丘まで、彼女を乗せてひとっ走り走ってみた。
タンデムを終えると、
「気持ちいいですねー」
のどかちゃんは、いつものように穏やか、というか呑気な声を上げていたが。
「のどかちゃん」
「はい?」
私は、自販機でお茶を買って、彼女にも与える。その後、聞いてみた。
「卒検でつまづいてるのは、一本橋だけ?」
「いいえ」
首を振る彼女。
詳しく聞いてみると。
「スラロームでもつまずいてます。急制動もラインをはみ出してしまって……」
なるほど。
さらに詳しく聞いてみると、教官に「スピードが速すぎ」と怒られたり、逆に一本橋ではおっかなびっくりで、スピードが遅すぎで落ちたりしているらしい。
「なるほど」
お茶を一口含み、眼下に広がる甲府盆地の夕暮れを見つめながら、私は彼女にアドバイスをすることにした。
「美来ちゃんの言う通りだね。バイクってのは、メリハリが大事なんだよ」
「どういうことですか?」
「バイクには、公道にあったスピードというのがあってね。公道はサーキットじゃないから、ちゃんとメリハリつけて、スピードを出すところと、出さないところを明確に意識すること。それに、あなたはスクーターに乗る予定なんでしょ?」
「はい」
「なら、尚更ね」
「尚更ですか?」
「うん。スクーターはただでさえ、簡単にスピードが出るの。街中の信号機が多い場所なら、パワーがある大型バイクより、機敏で軽く、シフトチェンジが簡単なスクーターの方が速いくらい」
「へえ。そうなんですかー」
呑気に返事をする彼女に、私は警告として、以下のことを告げることにした。
「だからこそ、運転には細心の注意を払って。一度でも事故を起こすと、バイクは『恐怖』の対象になるからね」
そう。「恐怖の対象」。
これは、もちろん私自身は、経験していないが、実際に「事故」を起こした映像などを動画として見たことがある私が感じたものだ。
バイクは確かに爽快な気分にさせてくれて、楽しい乗り物であるのは間違いないが、反面、一度でも事故を起こすと、一気に「怖く」なる。
だからこそ、事故だけは起こしてはならないのだ。
「……わかりました」
珍しく真剣な表情で、彼女は甲府盆地を見つめてから、私に振り返って答えた。
「あと、色々とすみません」
「何が?」
「瑠美先輩に迷惑をかけたこと。それに『遅い』と言ったことについてです」
「別に気にしてないよ」
笑顔を見せるのどかちゃん。
笑うと可愛いのだが、この笑顔が、事故で恐怖にひきつるのを私は見たくない。
「じゃあ、戻ろうか?」
「はい」
最後には、いつものような、優しい笑顔に戻って、彼女はシートに乗ってくれた。
学校に戻って、駐輪場から部室に向かう途中、聞いてみた。
「次の卒検はいつ?」
「9月15日ですね」
2週間後だった。
まだ時間はある。
その間に、彼女をタンデムとして乗せて、少しでも感覚を掴んで欲しい。
せっかくバイクに興味を持ってくれた後輩だ。
私は彼女のために、一肌脱ぐことを決意する。
そして、2週間はあっという間に過ぎていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます