第6章 免許

28湯目 彼女の苦悩

 新学期が始まった。2学期だ。

 つまり、私、大田瑠美にとって、卒業まで残り約半年になる。


 もう高校生活も残り半年。その間に彼女たち、後輩たちとどこまで一緒に温泉ツーリングに行けるのかわからないが、最後まで無事に、全員事故なく終えるのが一番いいと思った。


 何しろ、バイクという乗り物は、常に危険が伴う。


 普通のまともな親なら、自分の子供がわざわざ危険を伴う「バイク」なんて乗り物に乗ることに賛同などしないものだし、それが普通なのだ。


 9月に入っても、気候は穏やかではなかった。

 つまり、「猛暑」が続き、とても「残暑」なんていうレベルではなかった。それだけ地球温暖化が進んでいるのかもしれない。


 そして、彼女たちにとって、「試練」の時が来た。


 免許だ。


 最も、「彼女たち」のうち、美来ちゃんは。


「先輩! 受かりましたー!」

 めちゃくちゃあっさりと9月最初の日曜日、つまり9月1日の翌日、9月2日の月曜日の放課後に報告に来た。


 しかも、その日は、美来ちゃんの16歳の誕生日でもあった。


「マジで。速いね」

「とりま、受かることを見越して、もうバイクも買いました」


(速すぎ)

 と私が思うのとは別に、彼女が素早く質問していた。


「どのバイク?」

 不機嫌な猫のような表情をした、花音ちゃんだ。


「カワサキのZX-25Rっす。色はもちろんライムグリーン」

 カワサキと言えば、確かにライムグリーンの色のイメージが強い。そして、ZX-25Rと言えば、2019年の東京モーターショーで初披露された250 ccの 4気筒のオートバイであり、250 cc の4気筒のオートバイは約30年ぶりの新車として注目を浴びた。


 色々と新機軸というか、新システムが装備されており、LEDヘッドライト、ラムエア過給、パワーモード、トラクションコントロール、ラジアルマウント式ブレーキキャリパー、ハザードランプスイッチは全グレードを装備、さらにSEおよびSE KRT EDITIONにはUSB電源ソケット、スモークのウインドシールド、フレームスライダー、ホイールリムテープが標準装備されているらしい。

 その上、250 ccクラスでは初となるクイックシフターも標準装備されているそうだ。


 以上のことを、美来ちゃんが嬉しそうに目を輝かせて話し、花音ちゃんも興味深そうに頷く傍ら、表情を暗くしていた、のどかちゃんの姿が目に入った私は、彼女に声をかけた。


「のどかちゃんは大丈夫?」

 だが、これがある意味、禁句だったらしい。


 ますます落ち込んだように、目を伏せてしまった。


(しまった。地雷だったか)

 と思ったが、後の祭り。


「あー。のどかは、ちょっとヤバいかもっすね」

 美来ちゃんによると、すでに見極めは終えたらしいが、卒業検定で2回、失格しているという。

 いずれも一本橋での落下。


 普通自動二輪、そして大型自動二輪。いずれの卒業試験でも、必ずあるのがこの課題で、しかも試験当日は、落ちたら一発不合格だ。

 どうやら、私の一言は彼女にそのことを思い出させてしまったらしい。


 申し訳ないと思いつつ、二人のやり取りを見守る。

 すると。


「大体、のどかは、変にスピード出しすぎなんや」

「そうですかぁ?」


「そうや。バイクっちゅうんはな。メリハリが大事なんや」

「メリハリ?」


「ああ。直線ではちゃんとスピード出す。カーブではちゃんと減速する。基本中の基本や。まして、あんたみたいに下手な奴がスピード出すんが、一番怖いんや」

 なるほど。美来ちゃんの言うことには一理ある。


 私は、かつてタンデムでのどかちゃんを後ろに乗せた時、彼女がやたらと「スピードが遅い」と言っていたのを思い出していた。

 それはつまり、彼女にとって「速く」走ることがいいことのように思っているからなのかもしれない。


 だが、美来ちゃんの言う通り、「速く」走ることだけがいいことではないのは当たり前だ。

 美来ちゃんの言うように、「運転が下手な者がスピードを出して、事故る」ケースは実は、結構多い。それだけバイクは危険を伴う。


「そうだよ、のどかちゃん」

 私が禁句を言ってしまった手前、一応、気になってそう言ったのが逆にまずかった。


「先輩……」

 目をうるうるさせて、のどかちゃんにすがるような目つきで見つめられていた。


「そうだ、瑠美先輩。先輩がのどかを後ろに乗せて、レクチャーしたらどうっすか?」

「えっ?」

 美来ちゃんの一言が突き刺さる。


 私は思わず、目を逸らしていた。

 正直、


(面倒だ)

 という気持ちの方が先行していた証拠だろう。


 しかし、

「いいんじゃないですか。瑠美先輩なら遅いですし、安全運転をするので」

 けなしているのか、褒めているのか、わからないフォローを花音ちゃんにされていた。


「そうっすね。とりま、先輩の運転を見せるということで」

 美来ちゃんまで賛同。


 さらに、

「瑠美先輩。お願いしますー」

 雛鳥が親を見つめるような目で、のどかちゃんに見つめられ、渋々ながらも、私は、


「わかった」

 と頷くも、


「ただし」

 一応、言い含めることにした。


「私はこれでも受験生。放課後の暇な時にちょっと乗せてあげる程度。後は、地力でやってね」

 こうして、急きょ、私がのどかちゃんの指導を兼ねて、タンデム練習をすることになるのだった。


 のどかちゃんの免許取得までの道のりは、前途多難のようだった。

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