27湯目 帰路
その年、2030年の8月31日は、日曜日だった。
まあ、学生で夏休み期間中の私たちにはあまり関係ないことだが、世間一般的には日曜日であり、行楽に出かける人が多い。
ここ関西圏でも、通勤ラッシュほどひどくはないが、それでも土日になると、行楽のための渋滞が発生する。
もっとも、関東の首都圏のように、毎週20キロ以上の渋滞が発生するようなことは少ないらしい。
それでも、宿を8時に出た私たちは、軽く渋滞に巻き込まれることになる。
ただ、
「帰りは瑠美先輩に任せますんで、テキトーに帰って下さい」
気分屋の、花音ちゃんに言われ、美来ちゃんにまで、
「ウチも先輩に任せます」
と言われてしまった。
仕方がないので、私はあえて遠回りになるが、「渋滞が少ない」区間を利用することにした。
つまり、ここ有馬から、山中を突破し、京都の北に抜けて、琵琶湖の北岸を周り、岐阜県経由で、国道19号から長野県の諏訪に抜けて、国道20号で帰る。
だが、このプランを、出発前に提案すると、美来ちゃんは笑顔になった。
「ええと思いますよ。京都はご存じの通り、最近、オーバーツーリズムでえらい人やさかい、京都中心部は避けて通った方がええんです」
「そうなんですかー。わたくしは、少し京都見たかったので、残念ですー」
というのどかちゃんの意見を無視して、彼女は続けた。
「ただ、恐らく有馬から京都北部への道は悪いんで、気をつけて走って下さい。琵琶湖に出ると後は楽ですけど、琵琶湖大橋を避けるのは賢明かもしれません。混みますし、確か有料っす。後は、岐阜県くらいですかね、問題は」
「岐阜県がどうかしたの?」
「混むんすよ。あと信号が多いっす」
「なるほど。ちょっと面倒そうだね」
「せやけど、そこを抜けて、国道19号に入れば、後はひたすら真っ直ぐなんで、楽やと思いますよ」
という、美来ちゃんの意見に従って、私は、自分で示したルートをたどる。
ところが。
(道、悪い!)
想像以上に、道が悪かった。
特に有馬からしばらく走った後、京都へ抜ける道。
表向きには「県道」や「国道」と書いてあるものの、片側1車線の狭い道だったり、ひどいのになると、離合するのも難しいような狭い山道が続いた。
関西に土地勘がないので、自分が一体どこを走っているのか、検討すらつかず、ひたすら携帯のナビ通りに進むのだが、携帯のナビは常に「最速」の道を提示することが多い。
確かに最速かもしれないが、道に関して言えば、全く快適な道ではなかったのだ。
あまりにもひどい道に、途中の落ち葉でタイヤが滑り、転倒しそうになるのを脚で抑えるほどひどい道だった。
何とか、この京都北部の山を突破し、琵琶湖畔の広い道路に出ると、私は心底安堵するのだった。
いくつかの道の駅を休憩ポイントにして、途中で昼食を摂り、琵琶湖北岸を周り、ようやく岐阜県に入った頃には14時を回っていた。
天下分け目の戦いで有名な関ヶ原を抜けて、岐阜県中心部に入る。
そこからが実は、一番「ツラい」区間であり、国道21号は信号機が多い。停まる度に強烈な真夏の暑さが襲ってくる。
その日の岐阜県内の最高気温はおおむね35度。それに湿度が加わる。信号機で停止する度に、フルフェイスのヘルメットの中は、地獄のような暑さになる。
(暑い、暑い! 早く信号変われ!)
と、祈りながら進むことになる。
この時ほど、バイクに乗ったのを後悔したことはなかったかもしれない。
しかも、この岐阜県が微妙に長い。
岐阜県を西から東に横断するのだが、距離的には大したことはない。ところが、市街地を抜ける。
下道を走る最大のデメリットが、これら市街地を走る時で、やたらと信号機が多いから、その信号機のせいで、進まないのだ。
そして、ようやくこれら市街地を抜けた時には、もう日が傾いてきていた。
長野県に入った頃には、すっかり日が暮れていた。
今度は、真っ暗闇の中の国道19号を走ることになる。
この道は、トラックが多く、流れも悪くないのだが、いかんせん田舎すぎて、暗い。
かろうじて街灯はあるが、人家も少なく、休憩ポイントもコンビニか、営業時間終了後の寂しい道の駅くらいしかない。
苦労して、長野県をひた走り、ようやく諏訪に抜け、山梨県との県境に着いた時には、すっかり深夜になっていた。
深夜、22時半。
ようやく地元に到着、解散となる。
「疲れましたねー。先輩、ありがとうございました」
「せやな。けど、めっちゃ楽しかったっす。先輩方、ホンマにありがとうございました。お疲れ様です」
後輩二人は、なんだかんだで、礼儀正しくて、いい子たちだったのが幸いした。
彼女たちは、二人で連れ立って、手を振って帰っていった。
残されたのは、私と花音ちゃん。
何だか不服そうな顔をしている花音ちゃんに、
「どうしたの?」
と尋ねると、
「あの子、うるさいです。あと、疲れました。さすがにもうこんな旅は無理です」
と、率直な感想を述べてきた。
私は、花音ちゃんの頭を撫でて、
「ごめんね。それと、ありがとう。もうこんな無茶な旅はしないよ。今夜はゆっくり休んでね」
そう告げると、花音ちゃんは、照れたように視線を逸らし、私の手を自らの手で払いのけた。
「子供扱いしないで下さい。先輩もお疲れ様でした。では」
そう告げて、さっさとバイクにまたがって帰ってしまった。
こういう素直じゃないところが、彼女らしいというか、可愛らしいとすら私は思ってしまうのだった。
こうして、長い長い旅路が終わり、私も最後に帰宅することになるのだった。
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