25湯目 黄昏に染まる街並み

 旅、特にバイクでの旅においては、その「風景」が重要になる。


 つまり、バイクでの旅は「行程」が重要で、「行程を楽しむ」ものでもあるからだ。


 車でもバスでも、電車でも言えることだが、所詮、それらは「移動手段」に過ぎない。


 ところが、同じように移動する乗り物であっても、バイクだけは違う。


 体が剥き出しの状態で走るバイクは、危険を伴うが、反面、五感すべてで「感じる」ことが出来るため、その時々で、季節感や体感温度、天候など、旅の行程そのものを「楽しむ」ことができ、それをいかに楽しめるか、でバイクの本質を理解できる。


 それは、操縦者が感じることだが、時としてタンデムの場合、同乗者にも感じることらしい。


 珍しく、のどかちゃんと二人きりになった私は、コンビニの駐車場で、買ってきた、冷たいコーヒーを飲みながら夕陽を眺めていた。彼女もまた、コンビニで買った、冷たい紅茶を喉に流し込んでいた。


 ビルの群れに沈んでいく夕陽は、絵になるような美しさだった。


 夏の夕陽は、大きく輝き、街並みを赤く染め上げており、美しいと感じる風景だった。


 一見すると、普段見ているような何気ない夕陽だが、知らない街に来て、見る夕陽は、地元で見る眺めとはまた違う感慨を受けるのだ。


「綺麗ですねー」

「うん」


「マイカタ市でしたっけ。思えば遠くに来ましたねー」

「いや、のどかちゃん。これ、枚方ひらかた市って読むんだよ」

 地元の人が聞いたら、怒られそう、と思い、コンビニの店名に記されていた看板の文字を読んだのどかちゃんの言葉を私は訂正した。


「あ、そうなんですね。ごめんなさい」

 と彼女は呟くが、また夕陽に目を向ける。


「でも、まさかわたくしがこんな遠くまで来ることになるなんて。つい半年前まで考えられなかったですし、姉が聞いたら驚くと思います」

「そうなの? のどかちゃんのお姉さんって、どんな人?」

 前にも少し会話の中で出てきた、彼女の姉という存在が、気になって質問していた。


「姉は、何でも出来る人です」

 そこから彼女の、身内自慢、というか姉自慢が始まった。


 彼女の姉は、現在、大学生だが、東京の一流大学に通っている、才媛らしい。

 頭の回転が速く、優秀で、その上、運動神経もいい。


 つまり、両親から最も期待をされていたのが姉で、むしろ妹ののどかちゃんはあまり期待されていなかったという。


 だが、高校生の時からさっさと自宅を出て、東京で寮生活に入った姉に対し、両親や祖父母、そして姉は、妹ののどかちゃんを大切にするかのように、危険な目に遭わないよう、バイクのことも反対していたという。


 そんな中、祖父の手助けにより、彼女はようやくバイクの運転免許を取得するために動くことが出来たのだという。


「そっか。のどかちゃんは大切にされてきたんだね」

「はい。ですが、その過保護さが、時として鬱陶しく感じることもありました。わたくしだって、外の世界を知りたい、もっと色々なところに行きたいと思ってました」

 なるほど。彼女自身が、そういう思いを抱えながら、この温泉ツーリング同好会に入部したのなら、ある意味、「旅への憧れ」のような感情を抱いているのかもしれない。


 その意味では、彼女が入部したのは正解だろう。

 温泉とはいえ、ここにいれば、色々なところには行けるはずだから。


「瑠美先輩」

「うん?」


「わたくしももうすぐバイクに乗ることが出来ると思います。スクーターにしたのも、実は両親がミッションバイクより楽だろう、という理由から薦めてきたのです。恐らくこれが、最後のタンデムツーリングになると思いますが、最後までよろしくお願いします」

 改めて、そんなことを言われて、仰々しく頭を下げる彼女。


「うん。こちらこそ」

 と、私は冷静に返すが、果たして彼女は無事に普通二輪免許を取得できるのだろうか、という心配はあった。


 運動神経抜群の美来ちゃんと比べ、どうもこの子は、運動神経が鈍いし、バランス感覚にも優れていない。


 姉が優秀である故に、常にそれと比較されてきたというのは、確かにかわいそうではあるのだが、それでもバイクに乗る以上は、事故だけは起こして欲しくはない。


 バイクに乗れるようになっても、彼女のことは心配なので、しばらく慣れるまではあまり無理はさせない方がいいのかもしれない。


 関西の見知らぬ街のコンビニで、私は気持ちを新たにするのだった。


 その時、私の携帯から音が鳴り、見ると、グループLINEに、花音ちゃんからメッセージが届いていた。


―先輩、のどか。私たちはもうすぐ有馬温泉に着きます。速く来て下さい―


 先行していた花音ちゃんと、美来ちゃんは、現在、宝塚市のあたりにいるとのことだった。


 想定した時間よりもはるかに速い時間で、私とのどかちゃんは、お互いの携帯画面を見て、苦笑していた。


「じゃあ、行こっか?」

「はい。あと少しですね」


 私がバイクにまたがり、ヘルメットをかぶり、彼女がステップから後部座席に上がる。


 残りわずかなタンデムツーリングの出発だった。


 有馬温泉まで、残り約1時間半、45キロ程度の距離だった。

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