第5章 有馬温泉
23湯目 日本三名泉
それは、関西出身の美来ちゃんの唐突な一言から始まった。
「瑠美先輩。日本三名泉の有馬に行きましょう」
「有馬? 何で?」
ちょうど、8月頭に小豆島に行って、帰る途中の、とあるSAで休憩中の時だった。
これがきっかけで、話が急展開することになる。
「ウチは行ってませんけど、先輩たちは草津に行ったと聞きました。ほんで、この間は下呂も行きましたよね。残るは有馬だけです」
「まあ、そうだね」
「ほんなら、せっかくですし、夏休み中に、行きませんか?」
「えっ。また行くの? でも私、夏季講習があるし」
そう。一応、3年生の私には、受験に備えて「夏季講習」という厄介なものがあった。
私の進路自体は、実に平凡なもので、大学に進学したいというものであり、単純に就職の際に有利になるから、という安易な考えから来たもので、特に将来の目標も、なりたい職業もなかった。
だが、志望する大学に受かる可能性を増すためには、どうしても予備校に通う必要があったので、この6月頃から通っていたのだ。
そして、当然ながら、受験生の夏休みは勉強中心になる。
8月はこの「夏季講習」にかなりのスペースを費やすことになっていた。
「夏季講習はいつまでですか?」
「8月29日までだね」
「ほんなら、8月30、31日で行きましょう」
(強引だなあ)
内心、彼女の有無を言わせないような強引さに、閉口というか苦笑していると。
「いいですねー。わたくしも行きたいですー」
お嬢様っぽい口調で、のどかちゃんが応じ、
「ま、いいんじゃないですか。瑠美先輩にも息抜きは必要でしょうし」
ついには花音ちゃんまで賛成していた。
「しょうがないなあ。で、宿は?」
「それなら、ウチに任せて下さい。関西は詳しいんで、有馬の近くで、安い宿探しておきますんで」
「うん。わかった。じゃあ、プランも任せるね」
「はい。タンデムは出来ますけど、高速は使えないんで、裏ルート経由で行きます」
と、聞いて、私は、
(裏ルート?)
という部分に、一抹の不安を覚えたが、あえて聞かずに、彼女に任せて、頷いた。
そして、これが後々、後悔に繋がることになるのだ。
そこからの展開は、あっという間だった。
私は、8月のほとんどを夏季講習に費やし、ほとんどバイクに乗る暇もないまま、8月29日を迎えることになった。
初めて、しかも1年生に、ツーリングプランを任せたまま、夏休み最後の2日間を迎えることになる。
出発前日の夜。
温泉ツーリング同好会が使っている、グループLINEに、翌日の待ち合わせ場所と時間が、主催者でもある美来ちゃんによって、載せられたが、それが驚くべきものだった。
―8/30 AM4:30 塩山駅前に集合―
「4時半!」
思わず声を上げていた。
早すぎるというか、非常識な時間でもある。
そもそも8月末のこの時期の、山梨県の日の出時間は、大体5時15分前後。つまり、まだ日の出すら迎えていない。
―何でこんなに早いの?―
気になって、念のために書いてみると。
―すみません。ただ、下道で有馬まで行くとなると、12時間以上かかるんです―
(12時間! 無理ゲーじゃない? しかも休憩入れたら、15時間くらいになりそう)
実際に、携帯の地図アプリから検索をかけると、約12時間30分。それも休憩を入れない時間で、距離的には約500キロあった。
だが、内心、一気に不安になる私の心とは真逆の人物がいた。
―面白い。私ならもっと早く着いてみせる―
確認するまでもないが、花音ちゃんだった。
そして、その花音ちゃんと、美来ちゃんが、波乱を呼ぶことになるのだった。
渋々ながらも、私は了承の返事を出すが、
―もし待ち合わせ時間に遅れたらごめんね―
念の為、断りというか予防線を張っておいた。
もっとも、花音ちゃんからは、
―先輩。遅れるとかありえません。今夜はさっさと寝て下さい―
と、返信される有り様。
こうして、急きょ、私たちは有馬温泉に行くことになるのだった。
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