22湯目 旅のトラブル
「ちょっ! 先輩、どうするんすか? 今日の宿は? ウチ、野宿なんて嫌っすよ!」
「困りましたねー」
「まったくこれだから瑠美先輩は……」
「何とかなるヨ」
慌てる美来ちゃん、マイペースなのどかちゃん、非難する花音ちゃん、そしてやっぱりマイペースなフィオ。
四人が口々に言う中、一番冷静なのは、まどか先輩だった。
「まあ、落ち着け。それで、これからどうする?」
皆を制して、私に聞いてきた。
一瞬、私自身も頭が真っ白になって、焦ったが、焦ったところで問題は解決はしない。
頭を切り替えた。
「まずは、高松の宿をキャンセル。これは花音ちゃんにお願いするね。私はこれから小豆島の空いてる宿に片っ端から電話するから。他の人は、インターネットで宿を探して」
有無を言わさず、そう答えると、部員は頷いた。
そこからの展開は速かった。
昔なら、それこそ一夜を過ごすのに、宿を探すという行為だけでも大変だったはずだ。携帯電話がなかった頃は、電話帳というのがあり、それを見ながら、公衆電話で電話をかけるしかなかったという。
ところが、今はいくらでもネットが使えるし、インターネット上でホームページを掲載している宿なら、大抵は繋がる。
色々な宿を当たったが、6人という人数が厄介だった。
なかなか空いていなかったのだ。
だが、20分ほど経って。
「2組同士ならいい」
という宿が見つかった。
2組×3で6人だから、これで妥協した。値段は正直、予約した高松の宿より高かったが、背に腹は代えられない。
結局、私たちは、高松の宿をキャンセルし、当日ゆえにキャンセル料を取られた上、小豆島でも、東の外れにある、小さなホテルに行くことになった。
ただでさえ、田舎の小豆島。夜の8時を回ると、真っ暗になる。
街灯もほとんどないような道を走り、ようやく22時頃に宿に着いた。
後は、組み分けだったが、今回はあっさりと決まっていた。
というか、半ば強引に決められていた。
つまり、花音ちゃんはフィオと話したいと主張し、確定。美来ちゃんは気心が知れているのどかちゃんがいいと言い、確定。
残った私は、まどか先輩と一緒の部屋になった。まあ、別に不満はないし、頷く。
そして、それぞれの部屋に入り、その日は疲れていたから、すぐに寝床に着くのだが。
その前に、
「瑠美。たくましくなったじゃねえか」
不意にまどか先輩に褒められていた。
「えっ。そうですか?」
「ああ」
「どういうところがですか?」
「旅にトラブルは付き物だ。ましてやバイクの旅は、車や電車よりトラブルに遭う確率が高い。だから、トラブルに遭ってもいかに冷静でいられるかが大事なんだ。お前は冷静だったよ」
彼女の言いたいことはわかった。
確かに、バイクの旅は、よくトラブルに遭う。
雨が降れば、転倒しないか気を遣い、風が吹けば同様に心配し、ガソリンが切れないか常に心配し、エンジンやその他のトラブルがあれば、旅自体が終わる可能性もある。
「ありがとうございます」
「まあ、あれだな。『行き当たりばったりも旅の楽しみ』だと思えばいいんだ。いつもスケジュール通りに行くとは限らないし、いっそのこと、スケジュールなんて立てない方が、バイクの旅は面白くなる」
そう言って、彼女は、とある冒険家のライダーさんの話を紹介してくれた。
その人は、有名な冒険家で、若い頃から、日本どころか世界をバイクで周り、今も日本一周などのバイク旅をしているという。
そんなツワモノの彼の記事をネットで見たり、動画で見たりしたことがあるという、まどか先輩が言うには、彼は「いつも宿を決めない」旅をするという。
つまり、おおまかな目的地だけを決め、後は道中ひたすら「気の向くまま」に旅をして、午後3時を過ぎたら、ようやく宿を探し始めるという。
(すごいな。究極的な旅人だ)
と、私も感心せざるを得ない。
本来、「旅」というのは、そうあるべきだし、パックツアーのように決められた場所や、有名観光地に行って、終わる旅行というのは、「旅」とは言わないという主張があるのも理解できる。
だが、今の私には、まだこの領域にまで到達出来ていない。そう感じるのだった。
まどか先輩は、そんな私の心の中を見抜いたように、
「別にお前がその領域にたどり着く必要はないけどな。バイクはいつだって自由なんだ。好きに旅をすればいい」
そう言って、さっさと眠ってしまった。
私は、寝息を立てるまどか先輩を見ながら、
(いつかそんな旅をしてみたい)
と漠然と思うようになっている自分に気づいて、我ながら驚いていた。
元々、ただ言われるがままに原付に乗り、温泉ツーリング同好会に入り、普通二輪免許を取り、漠然と温泉目当ての旅をしてきただけだったが、今はそんな「行き当たりばったり」の旅に憧れるようになっていたのだ。
バイクは、人生を変えるという。
別にバイクがなくても生きていけるし、むしろ賢明な人間は、バイクには乗らないだろう。
危険だし、金もかかる。
だが、それを知ってもなお、「バイクに乗る」という人種は、やはり「変わっている」のかもしれない。
つまり、損得勘定や金銭面を考慮した先に、「バイク」は存在しているのだ。
世の中は「バイクに乗る人間」と「バイクに乗らない人間」に分けられる。
こうして、私たちの小豆島旅行は無事に終わり、翌日にはフェリーに乗って、高速道路で真っ直ぐに山梨県に帰ったのだった。
夏休みのロングツーリングは終わり、このまま秋に行く、と思われたが。
地球温暖化によって、夏はまだまだ続くのだった。
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