21湯目 小豆島の夕暮れ
翌日。早速、朝から小豆島を巡ることになった。
まずは土庄町の中心地までバイクを飛ばす。小豆島は、瀬戸内海では淡路島に次いで2番目に大きな島だが、それでも島の東側にあるホテルから土庄まで30分強はかかる。
迷路のまちというのは、この土庄の中心地にあり、小ぢんまりとした、小さくて可愛らしい街並みが広がっている。
すぐそばには「世界一狭い海峡」と言われる、
実際に行ってみると、迷路のまち妖怪のペイントが描かれた、不思議な壁画が家の壁に描かれてあったり、古い街並みが、どこかノスタルジーを感じる。
そして、土淵海峡。
ここに来て、初めてわかったことがある。
「小豆島って、一つじゃないんだ」
ということである。
説明の案内板を見る限り、この土淵海峡は、小豆島本島(渕崎地区)と前島(土庄地区)を分ける、9.93メートルしかない、「世界で最も狭い海峡」として、ギネス世界記録に認定されているという。
「へえ。では、私たちが降り立った、土庄フェリーターミナルは、正確には小豆島ではないんですね」
花音ちゃんが言う通り、土庄フェリーターミナルは、この前島にあるから、正確には「小豆島に上陸した」というのが間違いになってしまう。
「せやかて、こないな狭い川みたいなもん、どっちでもええんちゃいますか」
関西人の美来ちゃんは、大雑把だった。
「そうだな。これ、どう見ても海峡っていうより、川だしな」
同じくざっくりした、大雑把の代表格のようなまどか先輩も同調していた。
結局、私たちは、ここを軽く見ただけで出発となったが、素泊まりの安いホテルに泊まったため、誰もが空腹を訴えていた。
そのため、途中でコンビニに寄ってから、一周することになった。
まずは、小豆島、ではなく、この前島と呼ばれる小さな島の外周を一回りし、その後、すぐに川のような海峡を渡って、小豆島一周に取り掛かる。
基本的に、左側に海を見ながら走れる一周道路は、快適で、その日は晴れていたから、陽光に照らされて輝く瀬戸内海の景色が、眼に眩しく、抜群に綺麗だった。
だが、その反面、実はこの小豆島が、起伏に富んだ地形だと、私は気付いた。
一見、地図上ではただの一周道路に見えるが、ところどころで、登ったり降りたりを繰り返し、山のような道を越えて、浜に降りる。
最初の道の駅大坂城残石記念公園で、小休憩をして、そのまま県道26号と呼ばれる道を走る。
途中、思わず足を止めたくなるような、東屋がある展望台が見えてきて、私は自然とバイクを停めていた。
後続の彼女たちも停まる。
「ここで朝食を食べましょう」
誰もが頷いた。
それもそのはず。
ここから見える景色には、「海」しかない。
瀬戸内海の、はてしない青色が広がり、海の青、空の青が混ざって、何とも言えない景色であり、はるか彼方には、本州、恐らく岡山県の山々が見えていた。
「ふう。いい景色だなあ」
まどか先輩がおにぎりを食べながら、遠くの海を眺める。
「ですね。来た甲斐がありました」
「ですやろ? やっぱウチの言った通りやったやないですか?」
「なんで、あなたが偉そうなドヤ顔なの?」
「なんや冷たいっすね、花音先輩」
花音ちゃんと、美来ちゃん。この二人のやり取りが何故か面白く感じる。
一方で、
「
「綺麗ですねー。ずっとここにいたいです。というより、寝たくなりますー」
フィオと、のどかちゃんは、ある意味、ブレない。
ここで軽く朝食を摂った後、出発。
と言ってもまだ、時刻は9時すぎ。全然時間に余裕があったから、私たちは、この後、島を一周しながら、途中、様々な展望台に立ち寄ってから一通り一周したが、それでも終わった頃にはまだ12時過ぎだった。
再び、島で数少ないコンビニで昼食を買い、次に向かったのは内陸部だった。
その目指す「寒霞渓」への道が凄かった。
何と言うか、地形が強引というか、海岸にいたと思ったら、いきなりダイナミックな山道になり、まるで猿でも出てきそうな鬱蒼とした森に入る。
そのままぐんぐん山道を登って行き、急カーブをいくつも越えた先にそれはあった。
寒霞渓。
小豆島を代表する、国の名勝でもあるこの地。頂上の展望台の標高は612メートルもある。当然、眼下に小豆島の小さな街並みを見下ろすことができる絶景ポイントだった。
さらに、ロープウェイに乗り、上に行くと、「通天窓」と呼ばれる、巨大な岩に穴が開いた景色があった。
一通り、この絶景を眺めて、土産店を冷かし、また降りて、昨日も行った、道の駅小豆島オリーブ公園に行き、ようやく夕方になって、私たちは、本来の目的地である、「温泉」に向かった。
その温泉は、土庄東港の近くにあり「オリーブ温泉」と呼ばれている。
早速行ってみると、一見、ただのスーパーマーケットに併設されている、スーパー銭湯のように見えるし、どこにでもありそうな施設に見えた。
だが、受付を済ませ、中に入り、脱衣所から内湯に入り、体を洗い、そして、露天風呂に行くと。
「すっごい絶景っすね!」
子供のように大喜びの美来ちゃんの言う通り、眼前には「瀬戸内海」の海が広がっていた。
しかも、ちょうど夕方に来たため、西日が海に向かって沈んで行く様子がよく見える。
そんな贅沢な光景を眺めながらも、ここは関東近県のような都会ではないため、客自体が少ない。
各々、「綺麗」とか「感動的です」などと言った言葉を吐きながらも、温泉に浸かるが、ここまで見事だと、言葉は陳腐な物になってしまう。
ただただ、自然と温泉を楽しむ優雅な時間が過ぎていく。
案内板によると、この温泉は、2000年頃に発見された、比較的新しい温泉で、塩化物泉であるという。その効能は、きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症など。さらに関節リウマチ、変形性関 節症、腰痛症、神経痛、五十肩、打撲、捻挫など、筋肉のこわばり、胃腸機能の低下、軽症高血圧、耐糖能異常、軽い高コレステロール血症、軽い喘息又は肺気腫、痔の痛み、自律神経不安定症、ストレスによる諸症状、病後回復期、疲労回復、健康増進などなど。
つまり、あらゆる病状に効くと思われる、まさに万能の湯だった。
ふと、思い出した私が、隣にいた美来ちゃんに聞いてみた。
「そういえば帰りのフェリーって、何時まであるんだっけ? あまりゆっくりしてられないのかな」
「大丈夫っすよ、先輩。フェリーは20時くらいまであるさかい心配いらんす」
と言っていたから、私はすっかり安心していた。
そして、これが致命傷となる。
風呂上り後。
あまりの気持ちよさから、私たちは湯上りに休憩室で「寝ていた」からだ。
気が付いた時には、
「すみません。もう閉店です」
店員に起こされている有り様。
そして、その時になって、気づいた。
21時。
そう。フェリーの最終便はとっくに出航していた。
私は、一気に顔面蒼白になっていた。
高松に取っていた宿は、もう実質、行けない。そして、今夜の宿はない。
いきなり大ピンチになっていた。
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