20湯目 フィオのイタリア講座

 その日の夜は、小豆島の東にある、小さな宿に泊まった。小豆島町といい、高松とのフェリーターミナルがある、言わば玄関口の土庄町より、少し落ち着いた街という感じだった。


 そして、夜になると一気に静かになる。


 そんな中、ホテルの大浴場にみんなで行った時のことだ。


 大浴場の大きな浴槽に浸かり、目の前に広がる瀬戸内海の海を見ながら、不意に、フィオが面白いことを言い出したのがきっかけだった。

「やっぱり日本とイタリアは似てるネ」


「えっ。そうか? どんなところがだ?」

 代表してまどか先輩が質問すると、フィオは満面の笑みを浮かべて説明してくれた。

 他の部員も興味津々な様子で聞き入る。


「豊かな四季がある、食文化が豊富、職人技がすばらしい、少子高齢化、そしてブランド力。みんな共通点ネ」

「ブランド力って?」

 私が聞くと、彼女は相変わらず素敵な笑みを見せて、微笑んだ。


「メイドインジャパン、メイドインイタリー。どっちも世界的には人気があるブランドなのヨ」

 なるほど。言われてみればそうかもしれない。

 それ以外にも、フィオが言ったことは確かに似ているかもしれない。


 だが、

「せやかて、イタリアは大陸国家ですやろ? 島国の日本とは、歴史も違いますやん。ウチはどっちかと言うと、日本は同じ島国のイギリスと似てるんちゃう? って思いますけど」

 食ってかかったというか、単純に疑問を呈したのは、一年生の美来ちゃんだ。物怖じしない性格の彼女は、3つ年上のフィオにも遠慮がない。


「そんなことないヨ。実は歴史も似てるネ」

 フィオがそれから語ってくれた内容は、実に興味深かった。


 曰く。

 イタリアは元々は、ローマ帝国で有名だが、そのローマ帝国がなくなってからは、長い間、ずっと「統一勢力」がなかった。つまり、「分裂した都市国家」が乱立し、なかなか統一国家が出来なかったという。


VeneziaヴェネツィアMilanoミラノSavoiaサヴォイアGenovaジェノヴァFirenzeフィレンツェSienaシエーナSardegnaサルディーニャNapoli ナポリみたいにネ。分裂してたの。日本も確か『ハン』に分かれてたでしょ。えーと。サツマとチョーシューだっけ?」

「ああ。藩な。薩摩と長州。江戸時代だな」

 まどか先輩が答える。


「そうそう! イタリアが統一されたのは、1861年。Giuseppeジョゼッペ Garibaldiガリバルディによってようやくイタリア王国っていう、統一国家が生まれたんだヨ。確か日本もその頃、メイジイシンで統一されたでしょ」

「明治維新は1868年頃だから、まあ大体近いな」

 その年号が何も見なくてもすらすら出てくるのは、まどか先輩はさすが、というか意外だと思った。


「でも、お米は食べないんじゃないですか~?」

 唐突に一年生ののどかちゃんが声を上げた。


 今、イタリアの歴史の話をしているのに、もう終わったはずの、日本とイタリアの共通点について話を戻している、彼女がやはりズレているというか、マイペースさを感じるが。


 同じく、マイペース娘のフィオは、全然気にもせず、彼女に笑顔を見せる。

「No. イタリアにも米を使った料理があるヨ。Risottoリゾットネ」

 ああ。なるほど。私はすぐに気づいた。


 リゾットと言えば、確かに米を使ったイタリア料理だ。

「イタリアは、スペインと並んで米を生産するヨーロッパで数少ない国の一つでネ。今じゃイタリアのどのレストランに行っても、大体リゾットはあるヨ」

「へえ。意外っすね」


 そんなわけで、その日の夜は、意外なくらい、「イタリア話」で盛り上がるのだった。


 風呂上り後、一同はホテルのロビーに集まり、翌日の計画を練ることになった。実際、具体的なプランは考えていなかったのだ。


 すでに、風呂上がりで気持ちよさそうになって、まどか先輩は瞼を閉じかけていたが。

 その可愛らしい寝顔を見ながら、残り5人で決めることになった。


「まあ、無難に一周でいいんじゃないですか? 最後に風呂に行けば」

 花音ちゃんだ。


「一周するとどのくらいかかるのかな?」

「そうっすね。車やと3時間くらいって書いてありますね」


「それなら、無難に迷路のまち、寒霞渓を回って、後は適当に回って、夕方に土庄にある日帰り温泉に行って、フェリーに乗って、高松というのがよろしいのでは?」

 のどかちゃんの提案通り、翌日からは、この小豆島を本格的に一周することになった。


 ここで今まで無言だった、フィオが唐突に声を上げた。

「やっぱり、この瀬戸内海って、地中海にちょっと似てるネ。穏やかで綺麗ネ」


 私は心の中で、突っ込んでいた。

(その話、まだ続いていたの? 相変わらずマイペースだな)

 彼女の瞳が見ていた先は、私たちではなく、もちろん私たちが広げていたガイドブックや、島の観光パンフレットでもなく、外の真っ黒な海だった。

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