16湯目 出発の朝

 そして、あっという間に8月に入った。


 約束の日時になり、私はいつも以上に重装備をバイクに積み、待ち合わせ場所に向かった。


 キャンプはしないが、2泊3日の長旅になるため、登山に使うような大きなリュックを、強引にリアキャリアに放り込み、さらに足りない分をシートに乗せ、ツーリングネットでくくりつけた。


 待ち合わせ場所は、いつもよく使う塩山駅前のコンビニ。


 そこに懐かしい「彼女たち」がいた。


 夏用のメッシュジャケットを羽織って、銀色のバイクのハンドルバーを左手で支え、後輩の関西娘に説明している、もちろんまどか先輩。

 いかにもバイクという感じを抱かせるような、むき出しのエンジンと、丸目のヘッドライト、楕円形のタンク、オーソドックスなフロントフォークが特徴的なネイキッドの漆黒のバイク。ヤマハ SR400だ。


 そして、そのすぐ近くには、高校時代よりもさらに美しさに磨きがかかったようにな美しい容姿に、鮮やかな赤いジャケット、ジーンズ姿の、モデルのような体型のフィオ。

 傍らには、真っ赤なスポーツカーを思わせるような外見に、むき出しのエンジンの上側に橋の欄干のような特徴的なフレームを配し、SR400と同じように丸目のヘッドライトを持ったバイクが佇んでいる。

 DUCATIドゥカティ Monsterモンスターだ。確か排気量は400cc。

 彼女は、同じく後輩の、のどかちゃんに説明していた。


 そして、

「瑠美!」

 当然、眼が合ったフィオには、イタリア人らしい情熱的な抱擁による挨拶を交わされた。


 だが、もちろん悪い気がしないどころか、私はこの「懐かしい」匂いに、頭がくらくらするくらいの感動を覚えていた。


「フィオ。久しぶり。会いたかったよ」

「うん。ワタシも」

 まるで恋人同士のような熱い抱擁に、後輩たちの視線が集まっていた。


 だが、それらの奇異の視線には目もくれず、私たちは再会を喜び合う。


 まもなく、最後のメンバー、花音ちゃんが、相変わらず不機嫌な表情のまま到着。


 そして、いよいよ出発となるのだが。

「で。誰がどのバイクに乗るの?」

 私が見たところ、美来ちゃんは結構軽装で、小さなリュックしか持っていなかった。

 一方で、のどかちゃんは、比較的大きなリュックを背負っていた。


 まどか先輩のSR400は、リアに小さなツーリングバッグを載せているだけで、そもそも積載量があまりない。

 一方、フィオのモンスターは、リアとサイドにバッグを積んでいた。


 つまり、積載量の関係から考えて、「まどか先輩 ― 美来ちゃん」、「フィオ ― のどかちゃん」の組み合わせが最適だろうと考えた。


 だが、

「私は、フィオ先輩のがいいっす!」

 と、珍しく主張して引かなかったのは、関西娘の美来ちゃんだ。


 のどかちゃんが、

「でも美来ちゃん。私の荷物は……」

 と、困ったような表情を浮かべていたのは、もちろん彼女がまどか先輩のSR400に乗った場合、その大きな荷物が入らないからだ。


「そんなの簡単じゃねえか。そっちの嬢ちゃんの荷物をフィオの方に回せばいい」

 元・会長のまどか先輩の「鶴の一声」であっさり決まっていた。


 何よりも、

「フィオ先輩、めっちゃ美人っす。絶対、こっちに乗るっす」

 いつも以上に、強引というか、わがままというか、美来ちゃんが譲らなかった。一度決めると、頑として譲らない、妙な頑固さが彼女にはあった。


 一方の、のどかちゃんとまどか先輩は、苦笑いのまま、

「私はどちらでも構いませんよー」

「ああ。私もだ」

 という状態だったから、あっさり決定していた。


 結局、二人は荷物を交換して、バイクに積む。


 こうして、私たち「温泉ツーリング同好会」にとって、元・部員も含めて、6名という大所帯で、初のロングツーリングとなるのだった。


 実際、「最初の目的地」に行くだけでも結構な距離と時間がかかる。


 つまり、現在の時刻が、午前7時。


 もちろん高速道路を使って行くが、中央高速道路、名神高速道路などを経由し、明石海峡大橋を越えて、四国入りし、高松港まで行くだけで、休憩を抜かしても軽く8時間。距離にして約640キロ。


 つまり、ほぼ1日がかりの長い工程になる。


 まずは、一応、リーダーとして私が、出発前に彼女たちに言葉をかけることにした。

「皆さん。まずは安全に目的地に着くことを第一に考えて下さい。途中で適度に休憩を挟みますから」

 と、言い残して、一応、今回は私が先導することにした。


 私のKTM390 デューク、花音ちゃんのホンダ CBR250RR、フィオのドゥカティ モンスター、そしてまどか先輩のヤマハ SR400が、ぞろぞろと隊列を作り、コンビニを出発した。


 しかし、その道のりは想像以上に「長かった」のだ。

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