14湯目 飛騨グルメ

 温泉に入って、足湯に浸かり、すっかり疲労も回復したところで、遅い昼食となった。


 ここでは、密かにあらかじめ私が調べていたことが役に立った。


 一旦、バイクのところに戻り、バイクに乗り、移動。


 ものの数分で着くが、1階にはコンビニがあり、一見、わかりにくい。

「こないなところに何があるんですか?」

 と、美来ちゃんは訝しみ、


「楽しみですねー」

 のどかちゃんは、相変わらず、呑気だった。

 花音ちゃんは、無言のまま。


「こっちだね」

 すぐ近くに階段があり、登った先に入口がある。


 そこは、一見するとただのレストラン。というか、大衆食堂に近い。


 だが、

「いらっしゃいませ。4名様ですか?」

 ウェイトレスに案内され、席に着く。


 ほとんど街中の大衆食堂か、焼肉屋のような、並んだテーブルがあるだけの、質素な店内だったが。


 メニューを見ると、不思議な物が写真と共にあり、これが私の目的だった。

「トマト丼がオススメらしいよ」

 私が指を指すと、さすがに3人とも驚いていた。


「トマト丼? 何ですか、その怪しいB級グルメは」

 辺りを憚らずに、大袈裟に驚く美来ちゃんや、


「美味しいんですか?」

 と訝しる花音ちゃん。


 そして、のどかちゃんは、

「なるほどー。飛騨牛を使ってるんですねー。美味しそうですー」

 一番鋭かった。


 その通り。トマト丼とは、この地元、飛騨の飛騨牛を使い、新鮮なトマト、それに温泉卵を組み合わせた料理だ。

 まあ、B級グルメと言えば、B級グルメだろう。


 結局、全員がこの「トマト丼」に挑戦することになり、もちろん全員が初めて食することになる。


 いまいち、不安そうにして、すぐにスマホで「トマト丼」を検索している花音ちゃんは、ある意味、わかりやすい。


 一方、常にニコニコしていて、何を食べても喜びそうな、のどかちゃんは、ある意味、「測れない」ところがあるように見えた。


 美来ちゃんは、正直、いつも元気で活発だから、こちらも苦手な物などなさそうにも見える。


 やがて、

「お待たせしましたー」

 届いた物は、なかなか想像以上に凄かった。


 まず、目につくのは、半熟の温泉卵。その上にネギが乗り、周りを囲むように細かく刻んだトマトが配置され、さらに飛騨牛が乗り、その下にご飯。


 付け合わせには豆腐と漬け物がつき、味噌汁もついてくる。


 なかなかのボリュームだった。


 そして、恐る恐る、しかし期待を膨らませ、箸をつけると。

「美味いっすね!」

 元気な美来ちゃんが声を上げ、


「ええ。この濃厚な飛騨牛と言い、みずみずしいトマトといい、半熟卵といい、絶妙な味わいです」

 珍しく、まるで食レポのリポーターのように、のどかちゃんが雄弁になる。


「まあ、思っていたより、ずっと美味しいです」

 花音ちゃんは、彼女らしく、どこか照れ臭そうに、ぼそぼそと口に出した。


「でしょう? 私、ネットでこれ見て、一度食べてみたかったんだ」

 私が密かに目をつけていたのが、このトマト丼。

 そして、飛騨牛だ。


 飛騨と言えば、昨年、行った飛騨高山周辺の方が、どちらかというと飛騨の中心と言えるのだが、この下呂温泉だって、飛騨地方だ。


 元々、山深いこの地域は、都会のようにヒートアイランド現象もなく、寒暖差が激しい。

 なので、その分、季節ごとの野菜や果物、肉類は美味しいという話を聞いたことがあった。


 元々、「飛騨牛」というのは、この飛騨の雄大な自然の中で育てられた良質な、黒毛和牛のことを指すという。


 飛騨は、独自の食文化を持ち、美味しいものがいっぱいあるとも言われている。


 いつもは、温泉ツーリングが中心になる、つまり温泉がメインになることが多いが、その日は、食メインにしようと、私は密かに画策していたのだ。


 結局、全員が「美味しい」と言って食べてくれたので、私の作戦は成功だった。


 午後2時半。


 食事を終え、軽く散策し、土産物屋を冷かした後、私たちは帰路に就く。


 今度は、珍しく花音ちゃんが、

「私は後ろでいいです」

 と譲ってくれたので、私は遠慮なく前に出る。ただし、


「遅くても文句言わないでね」

 と釘を刺して。


「言いませんよ、別に」

 何だか不服そうにしている花音ちゃんを置いて、私は後ろに美来ちゃんを乗せて走り出した。


 帰り道も割と順調だった。


 もちろん、高速道路は使えない関係で、オール下道になるが、山道を中心に走るし、諏訪や甲州街道の甲府周辺で軽い渋滞に遭っただけで、梅雨時にしては雨にも当たらず、夜の8時頃には、1年生の二人を塩山駅まで送り届けた。


 そして、解散となるのだった。

 最後に、彼女たちに聞いてみた。


「免許はいつ頃、取れそう?」

 その問いに対する彼女たちの答えは。


「まあ、ウチは順調なんですけど、考えてみれば学校は15歳で通えても、16歳にならんと免許って取れへんのですよね。しゃーないんで、まったり引き伸ばしながらやりますわ」

「わたくしは、10月くらいですかねー」

「遅っ!」

 思わず美来ちゃんが叫んでいた。


 確かに色々突っ込みどころ満載なのどかちゃんだった。聞いてみると、

「いやー、この子、運動神経悪いゆうか、なんやトロくさいんですわ」

 遠慮の欠片もないようなノリで、美来ちゃんが突っ込んでいた。


 正反対すぎる二人に、私は苦笑しながらも、

「10月はさすがにちょっと遅いなあ。何とか来月か、再来月くらいになるよう頑張って」

 と、のどかちゃんに指示、というか要請した。


 彼女は、

「はいー。わかりましたー」

 わかってるのか、わかってないのか。マイペースな子だった。


 のどかちゃんの誕生日が7月10日。美来ちゃんの誕生日が9月2日。

 それなのに、もしかしたら、美来ちゃんの方が先に免許を取ってしまうのかもしれない。


 一抹の不安を残し、6月は過ぎていった。

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