第3章 下呂温泉
10湯目 タンデム練習
二人の新入生と初めて「温泉ツーリング」に行った後。
私が危惧していた問題が、向こうから解決の兆しを見せてきた。
ある日の放課後、部室にて。
「瑠美先輩。ウチとのどか、二輪の免許のために、教習所に通い始めました」
美来ちゃんがいつものように、元気に声を上げていた。
「マジで! 予想より速かったね」
聞いた私が一番驚いていた。
正直、彼女たちが「バイク」自体に興味を持つかどうかは、未知数だったからだ。いくら「体験させた」とは言っても、家族の反対という問題もある。
そう思ってると、
「家族には反対されなかったの?」
私の代わりに、花音ちゃんは聞いていた。
「ああ。ウチのとこは、その辺、アバウトなんで」
美来ちゃんの性格的にも、親御さんが割と開放的、というか放任主義なのは、何となく納得がいくのだが。
「わたくしのところは……」
妙に深刻そうな表情で、のどかちゃんが口を開く。
ああ、これは何かありそうだ。やはり「お嬢様」には何かとハードルが高いか、と思ったら。
「お父さん、お母さんにも反対されました。姉にも反対されました」
つまり、家族全員か、と思っていると。
「でも、お爺さんが、私を後押ししてくれまして」
聞くと、彼女の父方の祖父は、昔、バイクに乗っていたそうだ。
今はもう乗っていないらしいが、ついこの間まで、カブであちこちに出かけていたという。
その祖父が、殊の外、のどかちゃんを可愛がってくれたらしく、彼女はその祖父に懐いていた。
そのことが幸いし、祖父のお墨付きを得て、祖父が彼女の父親、母親を説得してくれたという。
意外な展開だったが、この際、私は思い切って聞いてみた。
「ねえ、のどかちゃんの家ってさあ」
「はい?」
「お金持ちなの?」
「いいえ。普通の家ですよ」
「そうなの? てっきりお金持ちかと」
私が言いたいことを代弁して、言葉を続けたのは、美来ちゃんだった。
「ああ。よう言われるらしいですよ。この子、どこかのんびりしてるというか、お嬢様っぽいところがあるさかい。ただ、どうも普通のサラリーマンの一家らしいですよ」
「そうなんだ」
なごんだ雰囲気に、口を挟んだのは、不機嫌な猫のような目をした、花音ちゃんだ。
「で、次の温泉ツーリングはどうするんですか?」
「さすが花音ちゃん。次期、会長として、もう同好会を任せられるね」
私がそう言うと、彼女は口を尖らせた。
「からかわないで下さい。それに、行くならもう電車組と分かれるのは面倒で嫌です。なので、どうせならタンデム練習をしましょう」
「タンデム練習?」
「はい」
彼女の言いたいことは、非常に明確だった。
つまり、私と花音ちゃん、それぞれが1年生のどちらかを後ろに乗せて、タンデムの予行演習をしようということだ。
まあ、練習するに越したことはないのだが。
問題は、その「ペア」についてだろう。
しかし、
「はいはい。ウチ、花音先輩がいいです」
元気のいい美来ちゃんが声を上げる。空気が読めないのか、気づいてないのか、彼女と花音ちゃんの相性は悪いように私には思えた。
事実、その花音ちゃんは露骨に嫌そうな顔をしていた。
一方、のどかちゃんは、
「わたくしは、どちらでも構いません」
相変わらずマイペースだ。
仕方がない。私が助け舟を出すことにした。
「じゃんけんで決めよう」
単純な話だ。
本島のじゃんけんでは、三つ巴になってしまうので、ここは「グー」か「パー」だけを出すという条件で、4人でじゃんけんをした。
もちろん、互いの手の内がわからない以上、4人全員が「グー」、もしくは「パー」を出してしまうことにもなる。
それに、私と花音ちゃんがペアになった場合も、意味がないので、やり直しになる。
結果、何回かの「あいこ」を挟んで、私と美来ちゃんが「グー」、花音ちゃんとのどかちゃんが「パー」に決まる。
ホッとしたような表情の花音ちゃん、そして少しだけ残念そうな美来ちゃんが対照的だった。
翌日から私たちのタンデム練習が始まった。
とは言ったものの、これはもちろん「温泉ツーリング」も兼ねている。
近場の甲府盆地に点在する温泉に、放課後にそのまま入りに行く。
もちろん、私と花音ちゃんがそれぞれのバイクを用意し、私は美来ちゃん、花音ちゃんはのどかちゃんを乗せて。
美来ちゃんは明るい性格の子で、あまり「こだわり」がないようだったため、私たちはすぐに仲良くなったのだが。
後ろに彼女を乗せて走っていて、唯一。
「先輩。全然、花音先輩に追いつかへんのとちゃいます? もっとスピード出さへんのですか?」
突っ込まれていた。
事実、走っていても、いつも通り、私と花音ちゃんの間の距離はぐんぐん開いていくのだ。
私は苦笑しながらも、
「美来ちゃん。バイクはスピードを出せばいいってもんじゃないんだよ。第一、危ないしからね。花音ちゃんは、一応、レーサーの端くれだから、ある程度のスピードは出せるけど、私には無理」
そう諭すように言うと、
「ふーん。そないなもんですか。まあ、ええですけどね」
内心、納得しているのか。それとも不満を押し隠しているのか。
その表情からは、本心が読み取れないのだった。
一方、見ている限り、花音ちゃんとのどかちゃんのペアは。
「先輩。もっとスピード出して構いません」
「いやいや。公道はサーキットじゃないから」
こっちは、こっちで、「この子、スピード狂か」と思うくらい、見た目ののんびりさとは真逆に、花音ちゃんに提案して、彼女が苦笑していた。
しばらく、このタンデム練習が続き、彼女たちは並行して教習所に通い始めた。
確か美来ちゃんの誕生日が、9月2日。のどかちゃんの誕生日が7月10日。
季節はちょうど6月になっており、梅雨の晴れ間を狙って、温泉に行くしかない季節になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます