11湯目 長い旅路

 そうして、しばらくは放課後にタンデム練習が続いたが。


「そろそろ、温泉行かへんのですか?」

 ある日の放課後、やはりというか美来ちゃんが口を開いた。


「行ってもいいけど、大丈夫? 長時間耐えられる?」

 私が聞くと、


「大丈夫ですー」

「ウチらかて、慣れてきたさかい、問題ありません」

 二人が頷くのを見て、私は花音ちゃんの方を見た。


「まあ、いいんじゃないですか。あまり遠くなければ」

 という彼女の答えとは裏腹に、美来ちゃんが元気な声を張り上げて提案した場所は。


「はいはい。ほんなら、ウチ、下呂げろ温泉に行ってみたいです」

「何、その『気持ち悪い名前』」

 露骨に嫌そうな顔をする花音ちゃんが面白いが、もちろん私は名前くらいは知っていた。


「岐阜県だよね。ちょっと遠いな」

 同時にスマホの地図アプリから検索すると。


 タンデムで行く場合、免許を取って3年以上経っていないと、高速道路に乗れないため、当然、オール下道になる。

 ここ甲州市から隣の隣の県の岐阜県にある下呂温泉までは、最短距離でも約230キロ弱。時間にして5時間はかかる計算になる。


「花音先輩、知らへんのですか? 有名ですよ。確か『日本三名泉』とかになってたような」

「そうね。群馬県の草津温泉、兵庫県の有馬温泉と並んで、『日本三名泉』と言われているね」

 私が助け舟を出すと、花音ちゃんは口を尖らせて、


「すみませんね、無知で。まあ、名前のインパクトだけはデカいですが」

 と言っていたから、私は自然と笑みを浮かべていた。


「それじゃ、次の週末に行くけど」

 と、前置きをしておいて、二人の1年生には、一応、釘を刺しておいた。


「ヘルメットはこっちで用意するけど、二人は長袖と長ズボンを必ず着用すること。あと、念のために手袋か軍手を履いてきて。下もブーツや安全靴がいいかも」

 私は、慎重なくらい安全に配慮していたが、一方の花音ちゃんは、


「大袈裟ですね。この私が立ちゴケとか事故るとでも? そんな大袈裟な装備はいりません」

 と否定していたが、私は、


「念のためだよ」

 と無理矢理説得した。


 バイクの旅は、常に「安全すぎる」くらいがちょうどいいのだ。事故を起こしてからでは遅いし、二重・三重に安全に配慮する方が正しい。


 というのが、私の理論だった。


 頷く1年生を見て、その場は解散。


 そして、その日はあっという間にやって来た。


 日曜日、早朝6時。

 いつもはコンビニを待ち合わせに使うのだが、今回は違う。

 私と花音ちゃんだけ、コンビニで待ち合わせし、残りの2人を塩山駅まで迎えに行った。


 甲州市の玄関口である、塩山駅。

 かつて、この辺りが「塩山市」と呼ばれた時の名残で、駅名だけは昔のままだった。むしろ、市町村合併によって、昔からの歴史ある地名が消えていたのが悲しいが。


 ともかく二人は、きちんと長袖、長ズボンを着用。軍手を持ち、下はブーツを用意してくれた。


 ヘルメットは、元々、顧問の分杭先生が同好会用に1個持っていたが、それ以外に予備に持っていた花音ちゃんがジェットヘルメットを持参。


 それぞれ1年生に使わせる。


 そして、いよいよ出発となるが。


「ルートはどうします?」

 花音ちゃんに聞かれて、私は地図アプリを示す。


「国道20号を真っ直ぐ。諏訪湖から適当に県道入って、361、19、257、256ってルートが一番近いみたい」

「了解です」

 

 いつものように「速い」、花音ちゃんが先に出発。私と美来ちゃんが後から続く。


 国道20号自体は、慣れているし、いつも通りの、ある意味「つまらない」街中の道だが、そこを越えて、諏訪湖から県道に入り、さらに長野県伊那地方に入り、国道361号に入ると快適な道になった。


「おおーー! 気持ちいいー!」

 後ろの美来ちゃんが大袈裟に喜びを表現していた。


 事実、伊那地方と国道19号を繋ぐ山道は快適で、途中、権兵衛峠という峠を越えて、トンネルを抜けるが、交通量も信号機も少ないからバイクにとってはまさに快適な道になる。


 国道19号に出ると、主要国道のため、トラックや乗用車が多く、流れが悪くなるが、出発からおよそ3時間半後。


 9時半過ぎにそこに着いた。


 道の駅木曽福島。


 トイレ休憩を兼ねて立ち寄ったが。


 その日は、多少曇っていたが、雨が降る予報ではなかったため。


 展望デッキからは、雄大な景色が眼前に広がっていた。

 木曾御嶽山おんたけさん。または、単に「御嶽山」とも呼ばれるが、標高が3067メートルもある、複合火山で、日本百名山にも数えられている。

 長野県と岐阜県の境に位置し、6月のこの時期でさえ、まだ山頂には雪を抱いていた。


「おおーー! めっちゃ綺麗!」

 それを見て、美来ちゃんが大袈裟に驚いて写真を撮っていた。


「うるさい」

 花音ちゃんは、相変わらず辛辣だったから、私は苦笑していたが。


 だが、ここから眺める景色は素晴らしいの一言に尽きる。

 そして、この道の駅、実は素晴らしいものが他にもあった。

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