9湯目 癒しの温泉
湯田中渋温泉。
そこは、どちらかというと近代的な湯田中温泉と、古くからあり歴史や情緒が感じられる渋温泉とに分かれるが。
ほとんど隣接しているため、まとめて「湯田中渋温泉」とも呼ばれる。
歴史は古く、奈良時代からあるとも言われ、戦国時代には「武田信玄の隠し湯」の一つとも言われた。
その温泉街の入口、湯田中駅前に、私と花音ちゃんのバイクが着いた時、時刻はすでに12時を少し過ぎていた。
非常にレトロな外観を持つ、この湯田中駅の正面に着いても、彼女たちの姿が見当たらなかった。
私は、LINEで下級生の二人に、それぞれ連絡を入れると。
「すみません。速く着いたので、駅前の日帰り温泉前にある足湯にいます」
と、早速、美来ちゃんから連絡があった。
その駅前の日帰り温泉とは、調べてみると、反対側の旧駅舎の方で、なんと駅に日帰り温泉が併設されているという。
何とも豪勢というか、「温泉」らしい場所だった。
そして、足湯は、その日帰り温泉施設にほど近い駅前にあり、すぐに彼女たちの姿は見つかった。
一旦、バイクを降りて、近づくと。
「遅かったっすね。ウチら、速く着いたんで、ここでまったりしてました。ホンマは温泉入りたかったんですけど」
「何言ってるの、美来ちゃん。先輩たちを差し置いて、さっさと温泉入ろうとしちゃダメでしょ」
呑気な1年生の野麦美来が、のんびり屋の安房のどかにたしなめられていた。
私は苦笑いをしながらも、まずはバイクを置いてくると告げ、二人には足湯から上がって待つように指示して、花音ちゃんと共に駅前にある駐輪スペースに向かった。
後は、合流したのだが。
「で、どこに行くんすか? なんやら、ここには9つも共同浴場があって、『温泉はしご』みたいなことも出来るみたいっすよ。めっちゃおもろそうっすね」
すっかり乗り気な、元気な1年生、美来ちゃんの勢いに押されそうになっていると、
「ダメだよ、美来ちゃん。私たち電車で帰るんだから、そんな暇ないって」
またものどかちゃんに言いくるめられていた。
なんだかんだで、いいコンビで、見た目に反して、のどかちゃんはしっかり者に見えた。
「じゃあ、行こうか。っていうか、どこの行く?」
「とりま、時間もないですし、駅前のこの日帰り温泉でいいのでは?」
と、携帯を見ながら花音ちゃんが口に出したので、他の二人に了承を取ると、元々入る気満々だった美来ちゃんが喜び勇み、のどかちゃんも反対しなかったので、入ることになった。
古いレトロな駅舎にそのまま併設されている、日帰り温泉。
こういうのは珍しいのだが、料金もかなり安く、良心的だった。
中はこぢんまりとしていたが、綺麗に掃除が行き届いており、清潔感が感じられた。
早速、脱衣所で、服を脱ぎ、温泉に入る。
内湯と露天風呂がそれぞれ1つずつの小さな温泉施設だったが。
「気持ちいいっすねー」
タオルを湯殿の脇に放り投げながら、肩まで浸かった美来ちゃんが大きな声を出す。
「美来ちゃん、行儀悪いよ」
と、のどかちゃんにたしなめられながらも、彼女はご機嫌だった。
「ここは、確か塩化物泉って言って、色々と効能が……」
卒業してしまった、琴葉先輩のように、上手く説明するつもりが、
「ああ。瑠美先輩。そういうの面倒だからいいです」
いきなり花音ちゃんに遮られていた。
「面倒って……」
「ウチもいいっす。気持ちよくて、癒されればそれで」
「私もです」
結局、反対多数により、私の温泉講義計画は、あっさり潰れていた。
だが、ここのお湯は、何とも「癒し」になると言っていいもので、100%源泉かけ流しで、まるで「大地から恵みを受けている」ような、何とも心地よいものだった。
確かに、これほどの泉質を誇る温泉なら、もはや言葉はいらなのかもしれない。
極上の料理を味わうと、食レポがあまり意味をなさなくなるのと似ているかもしれない、と思いつつ、この温泉を堪能することにした。
すると、
「ただ、ウチら電車で来とるさかい、速く帰らなあかんのが残念ですね」
美来ちゃんだ。
「そうだね。何時の電車で帰るつもり?」
「そうですね。今日中に帰りつくためには、遅くても16時には電車に乗る必要があるので……。あと3、4時間くらいしかいれません」
代わりにのどかちゃんが答えた。
「そっか。やっぱ片方がバイク、片方が電車じゃ、長くいられないね」
「ほんなら、次からはやっぱタンデムで行きましょう!」
めちゃくちゃ乗り気な美来ちゃんに対し、いつものようにシニカルな態度で、否定にかかるのが、予想通り花音ちゃんだった。
「それは面倒。第一、免許取ってから3年は経たないと、タンデムでの高速道路走行は出来ない」
彼女の言いたいこともわかると言えばわかる私だったが、要するに二輪免許を取得してから3年経たないと、高速道路でのタンデム走行は出来ない。
1年以上だと、一般道のタンデムは可能になるから、私も花音ちゃんも可能にはなる。
「では、下道で行けばよろしいのでは?」
という、のどかちゃんの一言にも、彼女は、面倒臭そうに、
「ダルい。面倒」
というだけで、乗り気ではなかった。
ここに来て、やはりこの問題が持ち上がってきたな、と私は改めて感じるのだった。
1年生の二人は、まだバイクに乗れる年齢ではない。2年生の花音ちゃんと、3年生の私はバイクには乗れるが、タンデムに慣れてない上に、高速道路の走行は出来ない。
さて、これから先、彼女たちが免許を取るまでの間、どうすべきか。もしくは、免許を取らない場合、どうすべきか。
問題は山積みだった。
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