第2章 渋温泉

6湯目 2つのルート

 野麦美来ちゃん、安房のどかちゃんの二人を加え、「新生」温泉ツーリング同好会に生まれ変わった私たち。


 だったのだが、最初のツーリング先を決めることで早くも難航した。


「最初は近場の方がいいかな。行って、日帰りで帰ってこれる場所」

 と、私が、とある日の放課後に提案していた。


 なお、花音ちゃんには、「タンデムを頼む」とお願いしていたが、断られていたので、今回は、2つのルートで行くことになる。


 つまり、バイク組の私と花音ちゃん。電車組の美来ちゃん、のどかちゃん。


 しかし、

「はいはい! ウチ、せっかくやし、草津に行きたいっす」

 いつも元気のいい、美来ちゃんの言だったが。


「バカなの? 草津って、電車だとめっちゃ遠回りしないといけないし、ここから直通バスなんてないよ」

 辛辣な物言いをしたのは、もちろん花音ちゃんだった。


「そんな言い方しなくても」

 と、私が助け舟を出すが、美来ちゃんは全然気にしていない様子で、


「じゃあ、どこならええんすか?」

 と、1歳年上の花音ちゃんに逆に質問して、花音ちゃんは無言になってしまい、かえって困らせていた。


 一方、のどかちゃんは、

「どこに行きたいとかある?」

 聞いてみても、


「うーん。そうですねー。別にどこでもいいですー」

 いいのか悪いのか、自分の意見がない様子で、これはこれで困っていた。


「しょうがないなあ」

 私は、立ち上がって、満を持して、ホワイトボードに、文字を書き入れた。


「渋温泉?」

「そう。渋温泉」


 私が提案したのは、渋温泉。長野県を代表する温泉街として有名で、「湯田中ゆだなか渋温泉」とも呼ばれる。古い歴史を持ち、戦国時代には「武田信玄の隠し湯」とも言われた場所の一つだ。


 ここのメリットは、電車でも行きやすいことにある。


 早速、彼女たち、特に活発な性格の美来ちゃんが、アプリで調べていた。


「うーん。ここからやと、中央本線で松本まで行って、乗り換えて長野、また乗り換えて長野電鉄で信州中野を経由して、湯田中ですね」

「何時間くらいかかりそう?」


「ざっくり6時間から6時間半ってところっすね。めちゃ遠いっす」


 それを聞いて、私は提案していた。

「じゃあ、二人は朝早くに電車で行って。私と花音ちゃんは、ゆっくり下道で行くから。これなら4時間半から5時間はかかるから、ご飯食べたりしたらちょうどいい時間になるはずだから」


「えっ。マジで」

 露骨に嫌そうな顔をしている花音ちゃんに、私は笑顔で、


「いいよね、花音ちゃん? 後輩たちは、電車でゆっくり来るのに、私たちだけ先に行っても意味ないし」

 目力だけで訴えたところ、


「はあ。まあ、しょうがないですね」

 内心、納得は行ってない様子だったが、渋々ながらも諦めたようだった。


 ということで、次の週末の土曜日に、私たち「新生温泉ツーリング同好会」として、初の「日帰り温泉ツーリング」に行くことになった。


 もっとも「ツーリング」なのは、私と花音ちゃんだけで、1年生二人にとっては、ただの「旅行」な上に、日帰りだと、帰りの電車の時間を考えると、滞在時間は大幅に減ることになる。


 この時、私は田舎の「電車」の稼働率の悪さを、「舐めて」いたことを後で後悔することになるのだが。

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