4湯目 東から来たお嬢様
翌日、放課後。
いまいち乗り気ではない、花音ちゃんを連れて、私は再び校門前にバイクを持って行った。
そこで、昨日と同じように勧誘活動を実施するも、昨日以上に、興味を示す生徒はいなかった。
だが、開始から30分後。
「あ。おった。大田先輩!」
わかりやすいくらい大きな声で、手を振って、小走りにやって来た野麦さん。すぐ後ろに、別の女の子がいた。
身長160センチくらい。ショートボブのサラサラヘアーが美しく、制服の着こなしから、靴下に至るまで、どこか所作が美しい、お嬢様チックな雰囲気をまとった女の子だった。
「野麦さん。こんにちは」
「ちわっす。今日は、友達を連れて来ました」
明るい挨拶の後、紹介されたのが。
「1-B。
めちゃくちゃ丁寧に頭を下げて来たので、私も思わず頭を下げて、
「温泉ツーリング同好会の会長、大田瑠美です。こちらこそよろしく」
と挨拶していた。
「野麦さん。本当にこの子が?」
と、つい疑いたくなり、質問をするほど、この安房さんは「バイク」とは無縁の世界にいるような、大人しくて、清楚そうな子だったからだ。
「ええ。ホンマですよ。のどか、乗ってみたい言うんで、連れてきました」
一応、本人にも確認を取るものの。
「はい。わたくし、一度『バイク』というものを体験したいと思いまして」
丁寧ながらも、どこか意志の強そうな瞳を向けてきた。
まあ、この目をする限り、嘘は言っていないと思うので、早速、昨日と同じような段取りで、花音ちゃんに合図を送る。
すると、
「あ、ウチも行きますよ」
野麦さんまで、付き添って行ってしまったので、私はまた一人になり、校門前で手持無沙汰になっていた。
10分後。
昨日の野麦さんと同じように、ジャージ姿にプロテクターをつけ、ジェットヘルメットを持った、安房さんがやって来た。
「では、よろしくお願い致します」
どうも、この丁寧すぎる口調には、調子が狂う気がするのだが、私は昨日の野麦さんと同じように、彼女を後ろに乗せて、同じように肩か腰に捕まるように告げる。
実際、後ろに乗って、腰を掴まれてから、気づいたが、この子は、何もかもが、野麦さんとは正反対だった。
明らかに、華奢で、折れそうなくらい細い腕や足。
運動とは無縁の世界で生きてきたような、世間知らずのお嬢様のような雰囲気があった。
(これは、絶対怪我させられない)
気を引き締めた。
もしかしたら、この子は、どこかいいところのお嬢様で、そのお嬢様をバイクに乗せて、怪我させたとあっては、私がその親に叱られるどころでは済まなくなり、多額の賠償金でも請求されそうな気がする。
もっとも、この子が、「本物のお嬢様」かどうかは、わからないが。
早速、エンジンをかけて、スロットルを回し、出発するが、反応もまた昨日とは真逆だった。
いるのか、いないのかすらわからないくらい、後ろから声がなかった。
一応、息遣いは聞こえるから、いるようだが、まったく反応がないような、置き物のように静かだった。
昨日と同じように、フルーツラインから、牛奥みはらしの丘に行き、そこでバイクを停めた。
降りるように促し、私も降りて、ヘルメットを脱ぐ。
「どうだった?」
その反応の無さに、私は一抹の不安を覚えていたが。
「楽しかったですー」
意外なくらい、彼女は笑顔だった。
どこか、のんびりしていて、マイペースで、世間とずれているような、「ゆっくりした」ペースで生きているようなところが感じられる子だ。
反応もまた、ゆっくりしていた。
考えてみると、あの野麦さんと比べて、色々な意味で正反対すぎる。
気になった私は、彼女との馴れ初めを聞いていた。
すると。
「美来ちゃんですか。とってもいい子ですよ。入学してすぐ、わたくしが困っていたところ、助けてもらいまして」
どうやら、入学式が始まる前、学校の敷地内で迷子になっていた彼女を、救ってくれたのが野麦さんだったようで、それ以来、仲良しになったという。
何と言うか、意外な組み合わせだが、人というものは、「己が持たない物」を他人に求めるとも言われる。
つまり、自分と正反対の性格の人間の方が、不思議と仲良くなったりするものだ。
さらに聞いてみると、彼女は元々、ここ甲州市の出身ではなく、山を越えた先にある、隣町の大月市の出身らしい。大月市は、山梨県でも、甲府盆地からは離れた東側にあり、実は山梨県の県庁所在地の甲府市よりも、東京都との境目の方が近い。
それだけ、首都圏の影響を受けていると言われている。
今は、学校にはそこから中央本線で通っているという。
家が資産家かどうかは、さすがに聞かなかったが。
「綺麗な景色ですねー。初めて来ました」
そして、唐突にみはらしの丘から見える景色に声を上げた。
どうも、マイペースで、のんびりしている子らしい。
この子は、この子で、別の意味で「大丈夫か?」という心配な面があるような気がしていた。
ひとまず、昨日と同じように学校に戻る。
校門前で停まり、彼女を降ろす。
すると、面白い光景が見えた。
質問責めに遭って、何とも嫌そうな顔をしている花音ちゃん。それを気にも留めず、声をかけまくっている、空気が読めない野麦さん。
「瑠美先輩。この子、何なんですか。ウザいです。助けて下さい」
花音ちゃんは、泣きつくように、私にすがってきた。
「ちょっと、先輩。それ、ヒドくないっすか? ウチは質問してただけで」
「まあまあ」
私と、ほとんど同じタイミングで安房さんが止めに入っていた。
結局、この日も、二人には、
「温泉ツーリング同好会。もし入りたくなったら、部室に来てね」
とだけ告げて、帰らせた。
ちなみに、誕生日だけは聞いており、安房さんの誕生日は7月10日だった。
「7月10日と、9月2日か。1年生なら、上出来じゃない? 早生まれとかだと、ずっと乗れないし」
「えっ。まさか瑠美先輩。あの陽キャを入れるつもりですか? 私は反対ですよ」
わかりやすいくらい、花音ちゃんが露骨に嫌そうな顔をしていたのが、私には不思議だった。
「何で? 陽キャって言うなら、フィオだってそうじゃん」
そう。フィオのことだ。花音ちゃんはフィオには割と懐いていた。
「フィオ先輩とは違いますよ。何というか、あの子は生理的に苦手です」
ひどい言われようだと思った。
だが、人と人の出逢い、付き合い方には千差万別があるし、花音ちゃんには花音ちゃんで思うところがあるのだろう。
しかし、かと言って、「将来有望」な彼女たちを逃すのは、もったいないと、私は思うのだった。
今回は、一応、「体験試乗会」だけで、帰らせて、「興味があれば」来て下さい、くらいの軽い勧誘で済ませていたが、本音はすぐにでも来て欲しいという気持ちはあった。
それに、いちいち人の好みに合わせていられない、という事情もある。
果たして、これが吉と出るか、凶と出るか。誰にもわからないのだった。
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