3湯目 西から来たアスリート

 もはや「温泉ツーリング同好会」とは名ばかりの、ただの「ツーリング同好会」のために思える、部員勧誘の体験試乗会を初めて初日。


 さすがに初日から来る、物好きはいないだろう、と思っていた。


 季節は5月中旬。

 昨今の地球温暖化は、容赦がなく、6月頃から一気に気温が急上昇して、暑くなり、快適な走行は出来なくなる傾向にある。


 この「5月」は、数少ない、快適に走れる季節だったのが幸いした。


 放課後。授業が終わる、午後3時半頃から開始。


 生徒たちが次々に下校するが、私たちは見向きもされないか、あるいは物珍しい珍獣でも見るような、奇異の視線を送られており、花音ちゃんは、精神的に参っているようだった。


 だが、

「バイクに乗ってみませんか?」

 私は必死に勧誘の声を上げていた。


 1時間後。


 部活動をやっていない生徒は、ほとんどが下校しており、校門前は、人気もまばらになって来ていた。


 さすがに今日は、無理か。


 と、思っていたら。


「あの、すみません!」

 何とも元気のいい、明るい声音がかかったと思ったら、目の前に少女が立っていた。


 身長155センチくらい。小柄な少女だが、後ろを狩り上げたショートカットが、どこか「男の子」のような中性的な容姿をしている。


 だが、男の子にしては、可愛らしい目鼻立ちをしていた。肌は健康的な小麦色で、全体的に引き締まっており、何かスポーツをやっている、と一発でわかった。


「はい?」

「バイクに乗せてもらえるんですか?」


 ついに来た、と思い、私は破顔していた。


「うん。制限があるから、ちょっとだけどね。乗ってみたい?」

「乗ってみたいです!」

 目をキラキラと輝かせて、少女は大きな声で言ってきた。


 何とも、可愛らしいというか、好感が持てる、愛嬌のある子だと思った。


「じゃあ。ジャージに着替えてから、これ着けて。花音ちゃん、よろしく」

 後は、面倒臭そうにしている、というか半ばサボっている、花音ちゃんに渡していたプロテクターを、彼女に装備させる。


 さすがに制服のスカートのまま、乗せるわけにはいかないので、一旦、彼女に花音ちゃんと一緒に更衣室に行ってもらい、体育用のジャージに着替えてもらってから、プロテクターをつけてもらう。


(あ。名前、聞き忘れてた)

 彼女たちが戻ってくるまでの間、バイクにまたがりながら、私は思い出していた。

 待つこと、10分。

 体育用に女子が使う、えんじ色のジャージを着用し、その上から、胸部・肘・膝に黒いプロテクターをつけた彼女が戻ってきた。


「あの。これつけないとダメなんですか?」

「うん。もしもの時のためにね。転んだら怪我するから」

 普通、女の子にこんなことを言うと、怯むものだが、彼女は違った。


「これはちょっと面倒ですけど、面白そうですね!」

「あなた、クラスと名前は?」


「ウチ、1-A、野麦のむぎ美来みくっす」

「野麦さんね。じゃあ、後ろのステップに足をかけて、ゆっくり上って」

 私が手で合図を送り、自分の後ろを指差すと、彼女は喜んで上ってきた。

 何だか、小動物的で可愛らしい。


「危ないから、手は肩か、腰を掴んでね。それと曲がる時は、無理せず、私に合わせて体重を移動させて。もし途中で降りたくなったら、言ってね」

 そう言って、私はヘルメットをかぶる。


 彼女は、

「はい。大丈夫っす!」

 元気に言ってから、ヘルメットをかぶった。先生が用意してくれたのは、ジェットヘルメットだった。


 この方が、後ろに乗る人にとっては、風を感じられるからいいのかもしれない。運転者はフルフェイスの方がいいことがあるが、同乗者はそうとは限らない。


 早速、エンジンをかけて、スロットルを回し、発進する。

「おおーーっ!」

 後ろから、わかりやすい反応が返って来る。


 動き出すと、彼女は私の腰にしがみつく様に、抱き着いてきた。体温が暖かくて、少し気持ちいい。


 一応、規定により、学校の半径5キロ程度と言われているので、学校前の坂道を降りて、塩山駅前を走り、そのままフルーツラインに入る。


 牛奥みはらしの丘まで行くつもりだった。

 あそこまでの距離は、学校から約4.7キロ。ギリギリ5キロの範囲内だし、何と言っても、景色がいい。


 後ろの彼女、野麦さんは、「飲み込みが速い」タイプだった。つまり、すぐにバイクに慣れてしまい、カーブでは上手に無理なく体重移動していたから、運転者の私も楽だった。


 この子は、素質があるかもしれない。


 牛奥みはらしの丘。


 この山梨県の甲府盆地の端にあり、盆地を見下ろせる高台にある。

 私たち、温泉ツーリング同好会のメンバーは、何度も来たことがあるし、よく待ち合わせに使っていた。


 小さなトイレしかないし、かろうじて小さな公園みたいな休憩スペースがあるだけだが、ここで停まって、ヘルメットを脱ぐと。


「いやー、気持ちいいっすね!」

 感想を聞く前に、彼女は、満面の笑みを浮かべていた。


「そう。良かった」

 彼女に先に降りてもらい、私も降りる。


 すぐ目の前には、柵越しに、甲府盆地の雄大な景色が広がっており、小さな田畑が見え、遠くには薄っすらと富士山の頂上が見えた。


「先輩たちは、ツーリング同好会なんすか?」

「ううん。温泉ツーリング同好会よ」


「温泉ツーリング同好会? なんすか、それ?」

 一応、説明をした。


 見るからに活発そうな子だから、説明したら、「幻滅」するかと思い、私は気を揉んでいたのだが。


「へえ。何だかおもろそうなことやってますね」

 ここで、彼女の経歴を聞いてみる事にした。


 つまり、この引き締まった体からして、何かスポーツをやっていただろう、と。

「はい。中学では陸上部でした」

 なるほど。納得した。


 適度に日焼けした肌色といい、引き締まった体つきといい、足の筋肉といい、彼女はアスリート的な体型をしていたからだ。


「へえ。運動神経いいんだね」

「そないなことないっすけどね。ウチ、ずっと大阪におったんす。親の転勤で山梨県に引っ越してきたんで、友達作るのも億劫で」

 とは言っていたのが、少し意外だったが、確かに彼女の「しゃべり方」に関西訛りがあったことを私は見抜いていた。


 明らかにイントネーションが、関東とは違っていたからだ。

 とは言ったものの、この明るい性格。すぐに友達が出来そうなものだが。


 そう思って、一応、聞いてみた。

「野麦さん。他にバイクに興味がありそうな友達か知り合い、いないかな? もしいたら連れてきて欲しい」

 そうしたら、彼女は、大きな瞳を向けて、


「わかりやした。ウチ、当てがあるさかい、明日、連れて来ます」

 元気よく告げていた。


 最後に、私は「名乗り」忘れていたことに気づき、彼女に自分の名前を告げた後、また後ろに乗せて校門前に戻った。


 そして、再度着替えてもらい、別れ際に、気になることだけを聞いていた。この段階では無理して、勧誘をしないというのが私の方針だったからだ。

「誕生日は?」

「9月2日っすけど、それが何か?」


 首を振る。彼女は不思議そうに顔を顰めながらも、帰って行った。


 もちろん、誕生日を聞いた理由は、16歳になれば、普通自動二輪免許が取れるからだ。


 まだ、入部すら決めていない彼女に対して、先走りしすぎな気がするが、そう思っていると、花音ちゃんが、


「ああ。あれは、私とは正反対の陽キャですね。合わなそう」

 と呟いていた。


 いや、確かに花音ちゃんとは正反対だけど、すごく性格の良さそうな子で、私はむしろ好感を持っていたのだが。


 まだ、同好会に入るかどうかもわからない、野麦美来。彼女が「希望」になるかどうかはまだ未知数だった。

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