2湯目 廃部を防ぐ手段
いつの間にか、ゴールデンウィークが過ぎており、連休明けの5月初日の登校日。
放課後にいつものように部室に行くと、すでに花音ちゃんが来ており、珍しい人影がいた。
「おう、大田。来たか」
もちろん、分杭先生だ。特徴的というか、トレードマークの白衣が目立つ。
「先生。どうしたんですか?」
パイプ椅子に腰かけたまま、長い脚を組んで、彼女は私たちに告げた。
「新入生は?」
「……まだです」
うなだれる私に、彼女は冷静というか、冷たく感じる口調で、淡々と告げた。
「そうか。あと1か月もないけど、しゃーないな」
そう。先生が引っ張ってくれたが、それでも期限は5月末だった。
それまでに残り2人を加入させないと、ここは解散となる。もう猶予がなかった。
「でも、どうすれば……」
出来ることは色々とやった。ポスター貼りはもちろん、校内のイントラネットにも投稿。ホームページも開設。LINEグループは前からあるが。もう万策尽きていた私は、嘆いていたが。
「まあ、ダメな時は何をやってもダメだろう。だから言っただろう? 別に『バイクに興味があるだけでいい』って」
そう言えば、3月の卒業旅行の時、分杭先生はそんなことを言っていた。
「第一、誕生日が4月で、すでにバイクに乗っていた夜叉神みたいのが珍しいんだ。普通は、1年生から乗るなんてできねえ」
「そうですよ、瑠美先輩。まあ、解散になっても、仕方がないから、私が温泉に着き合ってあげますが」
「人望あるじゃねえか」
分杭先生は、そんな花音ちゃんの一言に、ほくそ笑んでいたが、私に人望があるかどうかはともかく、問題は全然解決していない。
「じゃあ、花音ちゃん。何か秘策は?」
「ないです」
しかも、聞いてみたら、あっさり否定されていた。
「少しは考えて」
「と、言われてましても。そもそも論として、一般人に『バイクに興味を持て』と言うのは、非常に難しいのです」
「ああ。そいつは一理あるな」
先生まで、と私はちょっとだけ恨めしく二人を眺めていたが、二人の意見は意外なくらい共通していた。
「バイクに興味がない奴に、いくら『バイクは素晴らしい』、『一緒に風になろう』なんて言ったって、伝わるわけじゃねえ」
「先生。『一緒に風になろう』はないんじゃないですか?」
冷静に突っ込むと、彼女は目を逸らして、照れ臭そうに、
「物の例えだろ」
と言っていたが、私には、逆にそれが何だか可愛らしいと思うのだった。
「そうですね。『一緒にハングオンしよう』とか『スピードの限界ギリギリの生か死の世界を体験しよう』って言っても」
「いやいや。それ、極端すぎ」
花音ちゃんはと言うと。こっちは、こっちで極端すぎる意見だ。
だが、二人の意見には共通点があり、つまり「バイクに乗って、感動する」というのは、所詮いくら口で言っても、伝わらないのだ。
実際に体験することでしか、得られない。
そうか。
逆に言うと、「体験させれば」いい。
そう思いついた私は、
「先生。放課後に体験試乗させるってのは、どうですか?」
咄嗟に提案していた。
「あっ? 体験試乗だ?」
「はい。私と花音ちゃんが、それぞれバイクの後ろに、乗りたい生徒を乗せて、近場を回ってくるんですよ。必要なのは、ヘルメットだけ。これならいいんじゃないですか?」
「放課後にバイクか。学校の許可は? それにメットは?」
「それは、先生が許可取って、用意して下さい」
「ちっ。面倒だな」
「面倒だな、じゃないですよ。たまには、顧問らしいことをして下さい」
私が、指先を突きつけて、はっきり言うと、珍しく彼女は、「仕方ないな」と言いつつも了承してくれた。
だが、
「私はそんな面倒なことやらないですよ。第一、素人を後ろに乗せて、加減して運転なんて、そんな器用なこと出来ないです」
問題は、この頑固な花音ちゃんの意見だった。
「器用なって、ただ乗せるだけじゃ……」
「違います。いいですか? バイクのことをまったく知らない素人を、後ろに乗せる、つまりタンデムするってのは、結構な責任と恐怖がつきまとうんです。怪我させたら、大変ですからね。っていうか、下手したら死にますからね」
「それはわかってるけど。じゃあ、先生は?」
「ああ。私もパス。大体、ずっと車乗ってて、最近、バイク自体乗ってねえから、忘れてるし」
ダメだ。この二人は話にならない。
仕方がない。
私は、渋々ながらも決意する。
「もう。二人とも頼りにならないですね。いいです。じゃあ、体験試乗会は、私だけでやります。ただ、花音ちゃんも一応、手伝って。いい?」
「まあ、しょうがないですね」
不満そうな猫のような顔色を見せながらも、彼女は頷いた。
こうして、急きょ、体験試乗会の準備が行われることになった。
なお、元々、高校自体がバイク通学を認めていることもあり、「体験試乗会」の許可自体はすんなり降りていた。
ただし、学校の周囲のせいぜい半径5キロくらいの範囲だけを軽く回るだけ、という条件つきだったが。
それでも、素人に体験させるだけでも十分だろう。
後は、ヘルメットと、安全のために、胸部プロテクターと肘・膝のプロテクターを分杭先生に1セットずつ用意してもらった。
5月中旬に差し掛かる頃。放課後、私たちは、勧誘を始めた。
私のバイク、KTM390 デュークを、生徒が通る校門前に横づけし、
「バイクに乗ってみませんか?」
と勧誘をしたのだ。
正直言って、これは非常に恥ずかしいことでもあったが、そんなことは言ってられない事情があった。
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