第99話直人はスタッフ入りを断る

ピクニックの翌日、直人は支配人室に招かれた。

藤田支配人は笑顔。

「直人様、素晴らしいご活躍です、頭が下がります」

直人は、神妙に頭を下げた。

「命を救ってもらった立場です、恩返しもありますので」


藤田支配人は柔和な顔のまま。

「直人様を、このホテルのスタッフの一員に、お迎えしたいと思うのです」

直人は、ためらった。

「何年も、何十年も、このホテルに滞在しているわけでは、ありません」

「どこに何の施設があるのかも、まだ理解していません」

「申し訳ないですが、その任に応じる力はないと、思います」


同席していた沢田副支配人が、直人を強く見た。

「多国籍茶店で直人君は、人気者」

「高貴な女性たちにも、滞在者たちにも」

「その上、体調不良の女性への癒しもできる」

「スタッフにいないほうが、おかしいのでは?」


それでも直人は慎重。

「せめて、どこに何の施設があるか理解してからに」

「スタッフが施設の場所を知らないのも、マヌケな話です」

少し間を置いた。

「そんな分不相応な話の以前の問題として」

「時期は不明ですが、安全が確保されれば、このホテルを出る」

「いや、出されるべき立場と理解しています」

「スタッフになって、残るなど、考えていません」

「すぐに出て行きます」


藤田支配人が、直人の手を握った。

「素晴らしい貢献者に、そんなことを思っていません」

沢田副支配人は、涙目になった。

「聖女神アフロディーテ様を泣かすようなことを言わないで」


支配人室を、沢田副支配人と出た。

直人は、ブスッとしている。

「言い過ぎでもないと思うけど」


沢田副支配人も、ムッとした声。

「あのさ、怒るよ、その逃げ腰」

直人は、しばらく無言。

部屋の前(東京から運んだ自室)で、「一晩でもいい、一人になりたい」とポツリ。


沢田副支配人は、ボロボロと泣いている。

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