第78話直人の不調

その後、約一か月経過した。

ホテル・アフロディーテで、女性たちに愛されれば愛されるほど、多国籍茶店が評価を受けて繁盛すればするほど、直人の心には重い憂鬱が宿るようになった。


「きれいな女もお茶も珈琲も、どうでもいい」

「普通の生活に戻りたい」

「親と妹と、喧嘩しながらでも、一緒に暮らしたい」

「成績に苦労して金に苦労して、失恋でも何でもいい」

「ここから出たい」


確かに、このホテル・アフロディーテから眺める景色は、最高。

命を狙われることもないし、料理も文句なしに美味い。

様々な興味をそそられる階もある。

(パリ風の階、ニューヨーク風の階、中華風の階、アマゾンを模した階もある)


サイモンの厳しい指導も、当初は気合を引き締めてくれたから、楽しかった。

それなりに技術は向上したと思う。

しかし、客の前で弾こう、そんな意欲はない。

そこまでの、音楽への熱意を直人は持てなかった。


「実は根っからの凡人」と、自分自身を思った。

そもそも「自己承認欲求」がない。(失せて来た)

だから、多国籍茶店でも、厨房で作業をするだけ。

接客は、全て「お家柄の高貴な女性たち」に、任せ切りになった。


「所詮は、造り物の、閉ざされたホテルの中だけの、安全」

「こんな生活は、自分から求めたのではない」

「毎晩、女性の慰みものになっている」

「身体も、半端なくきつい」

「いつまで持つのか、こんな生活」


しだいに、食欲が減少した。

(どんな料理も、食べきれない)

風邪もひきやすくなった。

(すぐにせき込み、熱を出す)


メイドの杉本瞳と南陽子も、献身的に看病をするけれど、それも「わずらわしく」感じるようになった。

高貴な女性たちからの「求め」は、一か月「体調不良」を理由に。直人から断った。

(女性たちも、直人の痩せていく身体を見て、自制した)


「単なる風邪ですので、市販薬をいただけば、自分で飲みます」

「もともと、貧乏人の子供の、貧乏な身体ですから、お気になさらず」


メイド二人は、納得しなかった。

杉本瞳は、きつい顔になった。

「直人様、それは許しません、嫌と言ってもお世話します」

南陽子は、直人にすがって泣いた。

「あの・・・嫌わないで欲しいんです、大好きです」


藤田支配人が、お見舞いに来た。

「直人様の体調不良は、我がホテル・アフロディーテとしても、重大な懸念事項です」

「とにかく、頑張り過ぎた疲れと思いますので、ご静養を」


その夜、沢田副支配人が、直人のベッドに入り込んで来た。

身体で直人を温めた。

「直人君の不調は、精神的なものから」

「身体は、しっかり反応するよ」


直人は、沢田副支配人の胸に顏を埋めた。(甘えたくなった)

「帰りたいよ、みんなには悪いけど、情けないけど」

「父さんと母さんと妹に逢いたい」


沢田副支配人は、直人の背中を撫でた。

「うん・・・寂しいよね」

「頑張れば頑張るほど、家族に逢いたい」

「ごめんね、直人君」

そのまま、直人を身体に包んだ。


沢田副支配人は、とにかくやさしく「上手」に直人を抱いた。

久々に直人も、身体が強く反応し、結果も出した。(一か月ぶりだった)

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