第62話紀州で浅草の味 直人はプールへ

沢田副支配人は、直人を一旦強くハグした後、部屋を出て行った。


直人が、ぼんやり考えていると、杉本瞳と南陽子が、直人の前に。

杉本瞳

「土日になりますので、基本的に二日間は自由時間となります」

南陽子

「ホテル内を自由に散策するのであれば、ご案内いたします。


直人は、苦笑い。

「自由な時間と言っても、制限付きだね、外に出られない」


しかし、それをメイド二人にあまり責めるのも、筋違いと思った。

「あとで、気晴らしができるような場所を教えてください」

「午前中は、ピアノの練習をします」

とだけ言って、言葉通り、ピアノの基礎練習に集中した。

(本音として、一人になりたかったことと、次週のピアノレッスンでサイモンに馬鹿にされたくない気持ちが強かった)


直人は、午前11時半ごろに、ピアノの練習を終えた。

自分自身、「先週よりはマシ」と思ったけれど、まだまだサイモンの前で弾くには不安を感じた。

結局、明日(日曜日)の午前もピアノ練習と決めた。


杉本瞳と南陽子が部屋に入って来た。

杉本瞳

「何か、お食事でご希望はございますか?」


直人は、重たいものは、食べられそうにない。

ただ、江戸の味が、恋しくなった。

「お蕎麦とか・・・あの・・・江戸前がいい」

「紀州だと関西なので、蕎麦の汁も違うのかな」


南陽子は、にっこりと、直人の手を取った。

「あの・・・浅草の並木の藪蕎麦で修行した職人もおりますが」


直人の目が輝いた。

「え・・・あの・・・超名店の?」

「子供の頃から、家族で通った」

「へえ・・・浅草か・・・いいなあ」

思い出して、ホロッとなった。

「歩きたいなあ・・・観音様に参拝したい」

「演芸ホールにも行きたい、落語を聴きたい」


ただ、すぐに、下を向いた。

「そんなことしたら、無差別大量テロのエジキだよね」

「観音様と参拝客に申し訳ない」


そんなやり取りの後、直人は蕎麦屋に入った。

内装は、「並木の藪」と全く同じ。

ざっかけない庶民の蕎麦屋で、その「昔ながら感」が、実に心地よい。

お客も多かった(約8割入っていた)。(日本人がほとんどだった)


注文したのは、やはり「ざるそば」。

「濃いめ」の汁が、強烈で心地よい。

(杉本瞳と南陽子も、同じものを食べている)


直人の顏が、なごんだ。

「生き返る、この味」

「キリッとして故郷の味だよ」


杉本瞳は、よく食べる。(直人の速めの、蕎麦の啜りに負けていない)

「確かに完璧な・・・骨っぽい汁、お蕎麦自体も美味しいです」

南陽子は、やや遅い。

「私は関西出身で、少し強く・・・でも、これはこれで好きです」


蕎麦店を出て、南陽子が直人の腕を組んだ。

「今度、関西風のニシン蕎麦の店を教えます。美味しいですよ」

杉本瞳は、前を歩く。

「私は、北海道出身なので・・・何でも・・・釧路のウニ丼もいいな」


南陽子は、直人に迫った。

「今夜は、直人さんを食べたいです」

杉本瞳も、続いた。

「私たちも見ているだけで、ずっとモヤモヤとしています」


直人は、二人を手で制した。(つきあいきれないと、思った)

「その前に・・・プールはあるの?少し泳ぎたい」


杉本瞳は笑顔で頷いた。

「はい、ご案内いたします」

南陽子も笑顔。

「自慢の温水プールです」


直人は、二人のメイドに先導され、プールに向かった。

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