第57話ハプスブルグ家のマリアと直人②

直人は、ちらっと私、マリアを見ただけ、メイドからマスクを受け取り、しっかりと付けている。(しかも二重に)

その後は、私のことなど何も見ない。(ブラームスのコンサートに集中している)

「大学祝典序曲」「ヴァイオリン協奏曲第1番」と進み、休憩時間となった。


うろたえたままの私に、直人から声がかかった。

「マリアさん、と言うのかな」

(ハプスブルグも何も無い、そこらにいる女の子扱いで)

(その時は、驚いたし、何故か気持ちがよかった)

(そんな呼び方をされたのは、初めて)

(頭の上に乗っていた岩盤のような「ハプスブルグの重し」がパンと、一瞬、取り除けられたような感じ)


「あ、うん」(私は、ドキドキして噛んだ)(生まれて初めて、噛んだ)


「あまり気にしなくていいよ」

「僕が香水とかお嬢様に慣れていないだけ」

「香水は、キツイのは無理、特に日本人には」

「ただ、それだけ、君は悪くない」


「・・・そうなの?」

(ホッとするような、許されたような・・・このハプスブルグ家の私が、遥か日本の平民の息子に・・・なんだけど)

(マウント取られ感が強い)(もう、負けているかも)


直人は、突然話題を変えた。

「マリアさん、日本のお茶とお菓子、食べるならご一緒に」

「お口に合わなければ、食べてもらわなくて、かまわない」

「どうぞ、ご自由に」


「え?美味しいの?」(我ながら、ボケた返しだ)


直人のメイドが緑色のお茶と、漆黒の小さな長方形のお菓子らしきものを、テーブルの上に置いた。

直人が説明してくれた。(一応、勧めてくれたのかも)

「京都宇治の煎茶と、虎屋の羊羹」


「いただきます」(ブルボンもロマノフからも見られていると思った、ハプスブルグが日本の菓子を知らないと、馬鹿にされたくなかった)


「お茶と一緒に食べて、美味しいよ」


「うん・・・」

「あ・・・美味しい」

(緑茶のほろ苦さと、羊羹のコクのある甘さが、絶妙)

(すごく上品な感じで、脂肪分がないので、健康的とも思う)


直人は、クスッと笑った。(笑うと、本当に可愛い、甘い顔だ)

「僕も、実はあまり食べたことはない」

「高校生のお小遣いでは、危険な金額」


正直、お金のことなど「考えたことがない」私には、逆に新鮮な話。

(私に交際を求めて来る欧米系の男性からも、聞いたことはない)

(みんな、それなりに、裕福なので)

「それで、大変なんでしょ?」(つい、同情した)


直人は、また笑った。

「少ないお小遣いを、どう、やり繰りするのか、それが面白い」

「安くても面白い店、商品もあるし、その逆もある」

「お金持ちには、一生かかっても、わからない面白さかな」


「ねえ、直人君、気に入った」(あ・・・本音)

(とにかく直人の感性が、私には新鮮だった)

(でも、舌足らずになった)(私の悪い癖)


「え?羊羹のこと?」(直人も、ボケていた)


「違うよ、直人君のこと!」

(もう、実力行使)(そのまま、直人の手を握った)

「演奏会終わったら、もっとお話しない?」


直人は条件を付け来た。

「普段着で、できれば香水は最小限に」

「直人とマリアだけで」


私は、直人の手を強く握った。

(うん!の意思表示)(だって、すごくワクワクするから)

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