第55話ハプスブルグ家 マリア②

直人は、「マリア」に軽く会釈。

真紅の立派なドレス。年齢は16歳くらい、白磁のような肌、目が青くビスクドールのような美少女。髪飾りから始まって、ドレス全部に、宝石や装飾が施されている。

そして、やはりハプスブルグ家の関係者らしく、「双頭の鷲の紋章」が、ドレス(肩の部分)にデザインされている。

「直人と言います」とだけ言って、豪華なペアシートに腰をかけた。


しかし、「マリア」は、直人を見ようとはしない。

むしろ、距離を置こうと、椅子の端に身体を動かす。

(明らかに、直人を嫌がっている態度を示した)


直人も、こんな態度は嫌だった。

即座に、杉本瞳を呼んだ。

「席を変えるか、自分の部屋に戻りたい」


杉本瞳は、困惑の表情で、マリアの表情を見る。

(マリアは、動揺していた)

マリアも自分のメイドを見て、ヒソヒソと話をしている。


しかし、直人の動きは速い。

マリアを見ることはない。

そのまま「こちらにも拒否権がある、ですよね」と杉本瞳に確認、席を立って、出口に向かって歩き出す。


焦ったマリアのメイドが直人に駆け寄った。

「マリアのメイドのアンヌと申します」

「今しばらく、お待ちください」


直人は、マリアの意思、気持ちに「不信」を感じていたので、機嫌が悪い。

「そもそも、ペアシートということで、僕は自己紹介して、席に着きました」

「しかし、彼女は、挨拶もない、顏も見ない、しかも嫌そうに距離を置いた」

「そんな失礼なことをされて、美しい音楽は聴けません」

「そう仕向けたのは、あなた方なのでは?」


マリアのメイド、アンヌが直人に頭を下げた。

「申し訳ありません」

「マリア様、いつもの、ハプスブルグの宮廷で行われたような挨拶と、贈り物の贈呈がなされると思っていたようで」

「プライドが高い姫なので、それがないので嫌悪感を示しました」


直人は、苦笑い。

「映画でしか見たことない、それを僕に?」

「出来るわけがないでしょ?」

「日本の普通の高校生ですよ」

「贈り物?知りませんよ、そんなの」

「そもそも、頭を下げる気はないよ」

「だったら、頭を下げて来る男を探せばいい」

(直人の後ろで、杉本瞳と南陽子は、クスクス笑っている)


ところが、メイドのアンヌは、予想外のことを聞いて来た。

「既に、他の王家の方と?・・・ブルボン家とか・・・ロマノフ家とか」

(マリアも聞き耳を立てているようで、直人を必死に見ている)


しかし、直人はこれには、笑った。

「あのね、僕はコンサートがカリキュラムにあったから聴きに来ただけ」

「そうしたらペアシートで、マリアって人だけ」

「ハプスブルグ家は、少し聞いたよ」

「でも、それが、何なの?」

「ここは日本の紀州」

「領地でもないでしょ、臣下でも何でもない」


南陽子が、直人の耳元でささやいた。

「今までマリア様とペアシートを設定された方は、全てヨーロッパ系の男性でした」

「だから、ハプスブルグに敬意を示して、儀礼的な挨拶、高価な贈り物も」

「ただ・・・マリア様は、プライドがすごく高いので、全ての男性を拒否しました」

「でも、直人様のように、席を立たれたのは初めてで、かなり恥ずかしいようです」

「他の王家に、こんなことが知られれば、実に名誉失墜」

「おそらく、このホールのどこかで、見ているだろうから」

「フラれたとなれば、実に恥ずかしい」

「もしかしたら、他の王家に誘われていたのかと、不安もあるようです」


直人は、この時点で、どうでもよくなった。

「戻った方がいいなら戻るよ、ブラームスは聴きたい」

「一緒に座るだけで、彼女が困らないのなら」

(杉本瞳、アンヌが頷いたので、直人は再びペアシートに戻った)

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