第54話ハプスブルグ家 マリア①

直人は一旦、自分の部屋に戻り、着替えた。

濃紺のスーツの上下、白ワイシャツに赤と紺のストライプのネクタイ。

靴も含めて、着たことのないような、かなり上質なもの。


杉田瞳が直人に小さな声で、説明した。

「ペアシートのお相手は、ハプスブルグ家の末裔とのことです」

「お名前だけ、申し上げておきます、マリア様です」


直人は、軽く頷いた。

「実際、第一次大戦終了時に、統治権は失墜している」

「それ以前は、かなりな支配力を保持していたけれど」

「でも、ここで保護されている以上は、担ぎ出したい勢力が、まだいるのかな」

「時代錯誤も甚だしい」


南陽子が苦笑。

「かなりプライドが高いお嬢様です」

「慎重なご発言を願います」


直人もつられて苦笑。

「かなりな身分違いのペアシートだね」

「どうして、僕なの?」

「おそらく我がままお嬢様でしょ?」


杉本瞳は、深く頭を下げた。

「直人様なら、何とかできる、との支配人の気持ちです」

「是非、彼女のお気持ちを、お聞き願います」


直人は、窓の外の青い海を見た。

「ここは日本の紀州」

「ヨーロッパではない」

「ゴチャゴチャ言うなら、聞くだけ聞く」

「でも、僕なりの考えも言うよ」


南陽子は、クスッと笑い、直人の手を握った。

「お任せします、大丈夫です」

「それと、私たちに対してもお願いがあります、よろしいでしょうか?」


直人は、南陽子の笑顔に、少し引いた。

「また、お風呂で、おもちゃにしたいの?」


杉本瞳は直人を後ろから抱きしめた。

「そうではなくて、直人様から抱いて欲しいなあと」

「気が向いたとか、身体に元気が残っていたらです」


直人は、杉本瞳の身体が、いい感じ。

「ふっくらしている、ありがとう」

「こんな可愛い人に、抱かれるなんて」


南陽子は正面から、直人を抱いた。

「私はどうです?」

「瞳さんとは違うでしょ?」


直人は、南陽子も、しっかりと抱く

「好きだよ、二人とも」

「寂しい僕を支えてくれて、感謝しかない」


杉本瞳が抱擁を解いた。(涙目になっている)

「ありがとうございます」

「そろそろ、ホールに行きましょう」


その後は、3人に、何も会話はない。

3階のコンサートホールまで、静かに歩いた。


ホールの扉が開いて驚いた。

(現代的ではない)

(あちこちに装飾をちりばめた19世紀的な、ヨーロッパ的なコンサートホールだったから)


杉本瞳が説明。

「ウィーンフィルの演奏会場と、同じ設計です」

「かなりなレトロですが」


南陽子が直人の手を引いた。

「既に、マリア様が席に、急ぎます」


直人の表情は、何も変わらない。(泰然としている)

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