第52話直人は、あっさりとピアノ練習に 涼子は不思議な思い

夕食は、田村涼子の希望通り、一階の磯料理店になった。

新鮮な刺身の舟盛り、エボ鯛の焼き物、金目鯛の煮付けなど豪華。

直人も、涼子も、よく食べた。


ただ、直人は涼子の部屋には泊まらなかった。

理由としては、「明日午前中のピアノレッスンに備えて、指をほぐしたい」と、言い切った。

(数年、まともに弾いていないからと、正直に話した)

「やや無粋」と取られても、かまわなかった。

それで、涼子に嫌われれば、それまでの「縁」と思った。


涼子は、確かに「身体と心の思い」からすれば、残念。

でも、あまり「しつこく迫る」のも、女として無様、しかも年上だ。

「うん、また逢おうね」と、直人の背中を押した。


直人は、さわやかな笑顔を見せた。(涼子の背筋が、スッと真っ直ぐになるような)

「上手になったら、聴いて」


涼子は、うれしかった。

「いつでも呼んで」

「駆けつけるから」


直人が姿を消して、涼子は不思議な満足感。

「いいなあ、あの子」

「身体も気持ちも好き」

「ピアノも聴きたい」


涼子は、血まみれの、強欲で薄汚れた、ヤクザの世界で育って来た。

それを見てきた以上、自分の心も、身体も血も、少なからず汚れていると思っている。

だから、それを知っている級友は、全員が自分を避けた。

知らなかった級友にも、あっという間に知られたし、まともに涼子を見て来るような度胸のある人はいなかった。(子分衆とて、一歩距離を置いていた)


しかし、直人は、今のホテル・アフロディーテでの環境がそうさせるかもしれないが、自分に臆することは、全くない。

身体では、直人に惚れた。(実は今でも欲しい、何度でも欲しい)

心も、あの、さわやかな目に惚れた。

直人の目を見るだけで、心と体の泥が洗い流されるような気がする。

「今夜も」と、誘おうと思った矢先に、フラれたのも、不思議な快感。


「やられた・・・この私が」

「私をフルなど、悔しいけれど、いい感じだ」

「今夜は、直人を思って、泣き寝入りでもするかな」

「夜離れの若い婿殿を思う、けな気な年上妻もいい」


涼子は、そんなことを思いながら、「自分で自分を慰めるだけの」夜を過ごすことになった。



一方、直人は、涼子に言った通りに、自分の部屋に戻って、ピアノの練習に没頭した。

基礎練習だけに、3時間かけた。(基礎的なことでも、ピアノには手を抜けない性格)

「やばいなあ・・・この指」

「どうして、ここでズレる?」

「テンポを少し変えただけで、間違える、マジにダメ指だ」

「サイモンに馬鹿にされる、迷惑をかけるのは嫌だ」


杉本瞳と南陽子は、そんな直人の練習を見守っている。

杉本瞳

「職人気質もあったのか、自分に厳しいタイプ」

南陽子

「直人さん、涼子さんも、落としましたね」

杉本瞳

「うん、あの子の輝きだよ、強い」

南陽子

「襲いたくなる」

杉本瞳

「あまり激しくしなければ、いいかも」

南陽子

「あ・・・直人様、そろそろ、終わりそうです」

杉本瞳

「お風呂でいじる?」

南陽子は、うれしそうな顔になっている。


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