第40話直人にライブバーの誘い

直人は、眠気をおぼえながら、沢田看護師と支配人室を出た。

その後ろに、杉本瞳と南陽子が続く。

いささかの疑問はあるが、サラや香麗との「交情」は、ホテル・アフロディーテからすれば無罪のようで、一定の安心感はある。


エレベーターに乗ったところで、沢田看護師から声がかけられた。

「眠そうですので、一旦仮眠を取っていただきます」


「助かります」

直人は、素直に感謝した。

とにかく眠くて、何もできない。


大きな部屋(直人の部屋の隣)に戻り、ベッドに横になろうとしたら、杉本瞳と南陽子に、下着だけにさせられた。

沢田看護師が、不安な顏を見せた直人に笑いかけた。

「ご心配なく、襲いませんから」

「少しでもリラックスしていただくためです」


実際、直人は限界だった。

とにかく、サラと香麗に「放出し過ぎ」で、身体の芯が疲れ切っている。

下着のまま、ベッドに横になると2分もかからず眠りの世界の住民になってしまった。



直人が目覚めたのは、約2時間後。

窓から入って来るやさしい潮を含んだ風、そして心を静めるような波の音。

「紀州の海辺にいる」

今さらながら、そんな当然のことを思う。

でも、東京の、自分の部屋に戻りたい。

親父や母さん、妹と飯を食いたいのが本音。

一緒に暮らしている時は、反発もしたし、面倒な時もあった。

しかし、これだけ離れて、しかも急に離されて、やはり寂しい。


茜、サラ、香麗を思った。

「彼女たちも、本音で寂しいだろう」

「口に出して言わないだけで」

「ここから出たところで、身の危険」

「でも、周囲を巻き込む危険もありうる」


直人自身を思った。

「俺だって、爆弾を仕掛けられれば、他の人にも迷惑がかかる」

「怪我だけでなくて死人まで出れば、本当に申し訳ないことになる」


ドアが開いて、沢田看護師、杉本瞳と南陽子が入って来た。

沢田看護師は笑顔。

「眠気は取れましたか?」


杉本瞳は、着替えを持って来た。

濃紺のジャケット上下とピンクのシャツ、黒革靴。

南陽子に手伝われながら、直人は着替えを終えた。


沢田看護師は笑顔のまま。

「お食事は、ライブバーでよろしいでしょうか?」

「音楽を聴きながら、お食事です」

「演奏者は、日本人より海外のプロが多くて」

「クラシックから、ジャズ、ポップス、ロック、ボサノバと何でも応えてくれます」


直人は、頷いた。(まだ、頭がボンヤリとしている)(実は何でもよかった)

「面白そうです」

食事も音楽も、実際、入って見なければ、わからない。

それ以外に、頭がボンヤリとして、思いつかなかった。


廊下で、杉本瞳に聞かれた。

「直人様、ギターは誰か先生につかれたのですか?」

「ピアノの情報は知っていました」

「しかし、ギターについては、政府は知りませんでしたので」


直人は、ここでも素直に答えた。

「いや、独学で、強いて言えば、動画サイトのギターレッスンで」

「ピアノは確かに近所の先生に習いました」


南陽子は、期待するような声。

「昨晩のボレロが素晴らしくて」

「もう一度お聴きしたいなあと」


直人は、首を横に振った。

「あれは、あくまでも余興、とてもプロの前では弾きません」

(この時点の直人の本音だった)

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