第35話台湾からの少女香麗①

午前中の講義は、漢文。

直人が、杉本瞳と南陽子に案内され、2階の教室に入って行くと、既に、少女が一人、席についていた。

直人は、テキストの置いてある席に座った。

(他の席にはなかった)

おそらく、受講者は二人と判断した。

自己紹介は、ためらった。

(少女がツンとして、直人を見ることがないから)


テキストの内容は、白楽天の長恨歌。

(玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋物語)

直人は読んだことがあるので、少し目を通しただけ、ぼんやりしていた。

(朝、サラとの交情で、身体の芯が疲れていた)


数分して、眠くなった頃、中年の男性講師が講義資料をたくさん抱えセカセカと入って来た。

「M大学の君澤と申します、今回は白楽天の長恨歌の講義になります」

「今回の受講者は、香麗さんと…えっと・・・井上直人さんの二人」(口調も、かなり、セカセカした感じ)

(少女の名前が、香麗、を初めて知った)

(ただ、香麗からも、もちろん直人からも、声はかけない)


さっそく講義が始まった。

君澤先生が読み上げた。

「漢皇重色思傾国  御宇多年求不得  楊家有女初長成

 養在深閨人未識  天生麗質難自棄 朝選在君王側

  迴眸一笑百媚生 六宮粉黛無顔色」

しっかりとした中国語のような感じがする。

先生の略歴を読んだ。

(中国各地で遺跡の発掘を行い、中国政府や日本政府から表彰、NHKにも出演する有名な先生のようだ)


君澤先生は、長恨歌の冒頭を読み上げ、直人を見た。

「直人君、日本語に訳せます?」

「では、よろしくお願いします」


(おいおい!と思ったけれど)指名されては、しょうがない。

直人は、訳をした。


「漢の元帝は、美女を強く求めるお方でした。

それも、国を傾けるほどの美女を、求めていたのです。

しかし、今までの長年のご統治においても、満足ができるほどの美女は、誰ひとりとして得ることは出来ませんでした。

さて、そのような折り、楊氏の邸には、大人になったばかりの娘、それも深窓にて育てられ、他人には誰ひとりとして見せたことのない娘がおりました。

しかし、生まれ持っての無上の美しさは、そのまま埋もれるはずもなく、いつの間にか元帝にでも知られたのでしょうか、ある日突然お声がかかり、天子のお側に仕える身分となったのです。

さて、その美しさと言えば、くるりと振り向き、にっこりと笑えば匂い立つような麗しさ、見ているもの全員が魅了されるほどなのでございます。

そして、この光輝く麗しさには、華やかに装う後宮の美女たちの妙なる美しさでさえ、まるで色あせてしまうのです」


君澤先生は、ニコニコと童顔に笑みを浮かべた。

「うん、いいですね、きれいです、さすがです」

直人は、少し照れた。

「訳しやすい文ですので、自分なりに」

君澤先生は、上機嫌。

「他に感じるところはありますか?」

直人は、素直に答えた。

「源氏物語にも、強い影響と言いましょうか」

「その源流となった作品」

「ただ、楊貴妃は当初は、輝くような美しさを書いてあって」

「桐壺更衣は、そこまでではない」

「少なくとも、桐壺更衣の笑顔の記述はないなあと」

君澤先生は、頷いた。

「確かに、桐壺更衣は華奢なイメージ、後宮のストレス病もありますが」

「楊貴妃は、そもそも、グラマー系の女性、そんな伝説もありますよ」


直人と君澤先生のコアな話が続いていると、香麗がテキストを持ち、直人に近寄って来た。

まるでAI作成の美少女、スタイルもいい。

「直人君、面白い」

「長恨歌なんて、カビの生えた話と思ったけれど」

「もっと聞いていい?」


そのまま、直人の隣に座った。

(にこにこと、人懐こい感じに変わった)

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